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あっけらかんと羅馬の傘松D'Annunzio

雨の松林の陰画なるかも


(あっけらかんと ろーまの かさまつ ダンヌンツィオの あめの しょうりんの いんが なるかも)

(Nonchalantly a pine of Rome looked like a negative of D' Annunzio's pinery.)



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傘松を描いたジノリのカップ a pine tree in Italian tea cup


http://ramages.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-9dfd.html
(Japanese pine forests by HASEGAWA Tohaku)















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アサヒグラフ別冊『ラファエロ』より

 天使の合奏に見送られて突き当りの部屋まで進むと、ラファエロの「聖母の戴冠」に迎えられる。雲に乗る聖母の周りに並ぶ天使たち。演奏の手を休め、よそ見している天使の視線をたどると、空中に六枚の翼を襟のように広げた天使の顔がいくつも浮かんでいる。
 彼らはセラフィム(熾天使)またはケルビム(智天使)。数ある天使のなかで最も位が高く、人間などに姿を見せるわけにはゆかない。そこで、上の二枚の翼で頭を隠し、下の二枚で体を隠し、残り二枚で飛び回る。赤い翼は神への愛に燃えるセラフィムのしるし、青い翼は知恵深いケルビムのしるしだが、この絵では翼の色はさまざまだ。偉いわりに童顔なのは、大人の顔が宙に浮かぶとインパクトが強すぎるためだろうか。

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『The Great Artistsミケランジェロ』 同朋舎 より(2枚)

 システィーナ礼拝堂はみずみずしい色彩にあふれていた。十数年にわたる修復を終えて五年。思っていたより奥行きは少し狭く、天井は近く、上方から絵の人物が落ちてきそうな鮮やかさだ。リビアの巫女の衣は八百屋の店先のアランチャ(橙)色。「神のごときミケランジェロ」というが、むしろ、偉大な人間が渾身で四年の月日を注いだ仕事の質量が正確に示されていると感じる。
 「太陽と月の創造」のさなかの創造主は、忙しく高速で飛び回り、一画面に二度描かれている。日本の絵巻などにもある異時同図法だ。
 その薄紫の衣の陰には、天使が数人寄り添っている。幼くてもがっちり筋肉質なのがミケランジェロらしい。できたての太陽がまぶしくて、天使の一人が腕で光を遮っている。その隣の少年天使の無心でいて自我に目覚めた表情。彼らが成長すると、主の足元の裸体像(イニューディ)のような美青年になるのだろうか。じっさい、これらの青年像を翼なき天使とみる人もいる。


 
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 一方、天井画「創世記」の三十年後に描かれた「最後の審判」の天使たちはどこか老いを感じさせる。審判者キリストの足元に坐る聖バルトロマイは自分の生皮を手にしている。生皮の顔は画家の自画像。その顔はこう言っているかのようだ。
 自分が人間である以上、天使も神も人間の肉体を通して描くしかない。天使に翼などいらない。そんな飾りものはせっかくの肉体を覆い隠してしまうだけだ。風になびく薄衣もいらない。ただ肉体の力だけで飛翔感を表現してみせる。

(1999,11,28)



堂宇満たす絵具の熱き滴りに声高まるや一言
          Silenzio(静かに)!

http://www.vatican.va/various/cappelle/sistina_vr/index.html







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『天使の美術と物語』美術出版社 利倉隆(著)より


 ピナコテーカのがらんとした一室に古雅な音楽が流れている。ヴィエールの柔らかな音色が、リュートのひそやかな響きとからみ合う。タンブリンのちゃらちゃらという金属音が華やぎを添え、太鼓の音がリズミカルに全体をリードしてゆく。ふと音楽がやんだ。我に返ると目の前に湾曲した白っぽいパネルが広がり、奏楽天使の絵の断片が横一列に並んでいる。合奏していたのは彼ら、メロッツォ・ダ・フォルリ(c. 1438 – 1494)という画家の作品だ。

 フレスコ画特有のやわらかく澄んだ青空のなか、天使たちは思い思いのポーズで楽器を奏でる。ヴィエールの弓を軽くつまんだ金髪の天使は、衣裳も、翼も、ふくよかな頬も、西陽に照らされたようにオレンジ色に染まっている。端正な横顔を見せてリュートを爪弾く天使の翼は鳩の羽を思わせるシルバーグレイ。天使たちはどこか遠い目をしている。
 黒い瞳が見つめているのは、今はここにないキリストの姿だ。一人ずつ断片化した天使は、かつてローマのサンティ・アポストリ聖堂の壁画の一部だったという。半円形の壁面の上部に昇天するキリストが描かれ、その周囲を天使たちが舞っていたらしい。パネルがゆるやかに反っているのはそのためだ。

 見上げるような高みに飛翔する奏楽天使。きっと青空から音楽が降りそそぐような感覚を与えたに違いない。あるいは現実の聖歌隊が、天使の歌声を聞かせてくれていたのだろうか。少し時代は下るが、パレストリーナのミサ曲がこれに近いかもしれない。


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「莫高窟壁画からの復元楽器展図録」伊丹アイフォニックホールより


 飛天の音楽ならば、聴いたことがある。敦煌莫高窟のさまざまな浄土図には、楽器を奏でる飛天や菩薩が描かれている。いまから百年前、第17窟からは唐時代の古楽譜が発見された。近年中国の人々は、壁画に描かれた楽器を復元し、古楽譜を参考に作曲・演奏を行っている。1994年には、関西で楽器の展覧会と演奏会も催された。

 そこで聴いた飛天の音楽は、雅楽よりずっと急テンポだった。にぎやかな打楽器のリズムに乗って、踊り子がぐるぐる回る。胡旋舞と呼ばれる西域の舞いは、まるで壁画から抜け出してきたよう。

 天国にも極楽にも音楽が流れていて、演奏者が天使、あるいは飛天と、どちらも天翔る存在なのが面白い。共通点は楽器にもたくさんある。旋律や音色は微妙に違えど、心を慰め、華やがせてくれることは変わらない。どちらかの楽園を選べと言われれば、迷ってしまいそうだ。

(1999,11,28)




ウードより生まれし兄弟のリュート琵琶 飛天と天使の歌物語



蒼天に棲めばこそなるか ともに知る 飛天は五衰を天使は堕落を


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Villa di Livia春の韻ふむ館にて花と
小鳥の壁画にひたる


(ヴィッラ ディ リヴィア はるの いんふむ やかたにて はなと ことりの へきがに ひたる)


In Villa di Livia, you’ re surrounded by nothing but little birds, fruit trees, and wild flowers. Even the name of the villa is an internal rhyme.



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紫苑しとねに元老院の猫春秋しらずただ世紀越ゆ


(ひめじおん しとねに げんろういんの ねこ はるあき しらず ただ せいき こゆ)


Around the Roman Senato, a cat is sitting on a mattress of Erigeron philadelphicus . She doesn’ t know whether it is spring or fall and is slumbering beyond the century.



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Wikipediaより(2枚)










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 ローマを歩き出してまず目についたのは、爆音をたててそばをすり抜けてゆくオートバイ、平然と信号を無視して車道を横切って行く通行人、それに、工事や発掘のためにあちこち掘り返された街路だった。コンクリートの破片がうずたかく積み上げられ、砂埃が舞い上がり、自動車の排気ガスと混じりあう。歩きながら咳きこむ町の住人。夕方鼻をかむと、紙に薄黒いものが…まるでカルカッタだ。
「いつもこんなに騒がしいの」
「もうじき大聖年だからね。町中を整えているんだよ」
と八百屋のおじさん。
 なるほど、コロッセオは黒白2色にくっきり分かれ、洗浄剤の宣伝見本のよう。きれいになっているのは、絵葉書などでおなじみの方角だ。カンポ・ディ・フィオーリ広場はいちめん掘り返され、花や野菜の屋台も退散している。トレヴィの泉は全体がすっぽり覆われ、コインを投げ入れることもできない。カエサルの暗殺現場は発掘現場と化している。市内がこの状態なら、はたしてヴァティカンは?
(1999,11,26)


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 幸いなことに、サン・ピエトロ寺院はちょうど修復が終了したばかりだった。右手にミケランジェロの「ピエタ」がひっそり置かれている。聖母の白く滑らかな肌が大理石と思えないほどみずみずしい。
 クーポラの窓から真昼の光が幾筋も差しこみ、荘厳な堂内が生き生きと華やいで見える。雲間から斜めにさす陽光を、ヨーロッパでは「天使の梯子」と呼ぶ。
 そのとき、まるで潮が引くように人々が出口へ向かい始めた。何事かとついて行くと、快晴のサン・ピエトロ広場はすでに群衆で埋まっている。正午から法王の日曜の祝福が始まるのだ。広場に面した建物の窓の一つに、赤い旗が下がっている。ギャラリースコープでのぞいてみるが、白い帽子と衣を見分けるのがやっとだ。


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 祝福の時間、クーポラに昇るエレベーター待ちの列はとても短くなる。さっき見たばかりのボッティチェリの「チッポラの娘」の子供時代を思わせる美少女とともにエレベーターを降り、クーポラの壁の曲線に圧迫されながら階段を登る。伏せたお椀のなかを堂々巡りしているアリの気分だ。頂上に着くと、暖かく霞んだ空の下にクリーム色の街が広がっていた。
 手前には修復を終えたサン・ピエトロ広場。その先にテベレ川が流れ、両岸の並木が黄色く色づき始めている。サンタンジェロ橋とサンタンジェロ城が並んで見える。日本語で聖天使という城の名は、1590年にペストが流行したとき、城の上に大天使ミカエルが現れ、町を救ったという伝説に由来する。


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 ヴァティカン美術館に入ると、ここにも修復の手が及んでいた。ベルヴェデーレのアポロ像に、失われていたはずの両腕がついている。最近腕の断片が発見され、復元されたというが、地元の人々には「手袋をはめたみたい」と不評のようだ。
 大聖年の一か月前というのは、ある意味で非常時なのかもしれない。けれど、観光客が最も少ない11月下旬、町中が修復の最後の追い込みに心を奪われ、素顔をさらけ出している気がした。
(1999,11,28)



パンテオン、システィーナチャペルの丸窓の大胆なまで切りとる青空



パンテオン裏の石畳の水溜り回り道せず飛び越えてみる



コロッセオの獅子の房にも秋たんぽぽ


Around the anteroom of lions in Colosseum, dandelions are blooming in autumn.













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