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待降節のPadovaのふるき降誕図仰ぎつぶやくBuon Natale


(
たいこうせつの パドヴァの ふるき こうたんず あおぎ つぶやく ブォン ナターレ)

Buon NataleMerry Christmas(イタリア語)



 壁画はマリアの伝記からイエスの伝記へ移る。始まりは降誕図、クリスマスの情景だ。
 厩の上空で、天使たちが嬉しそうに飛び交っている。両手を合わせて天を仰ぐ者、俯きかげんで厩のなかの幼子を礼拝する者、衣も翼も、薔薇色や黄色のあたたかな色に染まっている。
 屋根の下では、イエスが生まれたところだ。首から下を白い産着でぐるぐる巻きにされ、利発な瞳がまっすぐに聖母を見つめている。聖母はかすかに微笑んでいるが、目に深い憂いの色がある。牛やロバや羊たちは、穏やかな目でほのぼのした空気をかもし出している。


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『世界の大画家 ジョット』中央公論社 (以下同)


 次の絵では天使が一人、香炉を捧げ聖家族に寄り添う。大人びた横顔に薄紅色の長い翼。厩のなかでは東方三博士がキリストを礼拝している。のちに公現祭として祝われる1月6日の出来事、幼子は早くも頭に毛をふさふさと生やしている。
 屋根の上には、博士たちを導いたベツレヘムの星が描かれている。じつはこの絵が描かれる数年前の1301年、イタリアにハレー彗星が現れたという。現代でも彗星群や日(月)食は大きな話題になるのだから、夜空を焦がす巨大な星は、この絵を描く画家の目にも焼きついていたに違いない。


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 「聖家族のエジプト避難」や「キリストの洗礼」にも天使の姿がある。エジプトに向かう一行を先導する天使は憂いに沈んだ表情だ。薄紫の衣は空になかば溶けこみ、かなりの速さで飛んでいることが分かる。イエスはユダヤ王による幼児虐殺をまぬがれ、故郷に戻って成人する。


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 ヨルダン川でキリストがヨハネから洗礼を受ける場面は、ラヴェンナのモザイクでも見た。精霊の鳩が、ここでは擬人化されて、キリストの頭上に浮かんでいる。天使たちがキリストの衣服を両手に捧げ持ち、洗礼を見守っている。白い翼に淡い色のチュニカとマントが、洗礼の清らかさを際立たせる。
 キリストの若々しい裸身にも目を奪われる。力強く自信に満ちた輪郭線は、法隆寺金堂壁画の鉄線描を思わせる。

 「カナの婚宴」から「エルサレム入城」、「最後の晩餐」を経て「ユダの接吻」、「カルヴァリオの丘への道」など、ずっと天使は姿を見せない。


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by ©Storti Edizioni srl


 不意に激しい羽音が巻き起こり、待ちかねたように天使たちが画面いっぱいに現れた。十字架上のキリストを囲み、色とりどりの翼がゆき交う。一人は自ら衣をはだけ、薄い胸をあらわにしている。両手をもみ絞る者、大きく腕を広げる者。小さな鉢を捧げキリストの脇腹の血を受ける天使は、絶望的な目で仲間をふり返る。
 天使たちの嘆きの歌が聞こえてくる。シュッツの、あるいはJ.S.バッハの「マタイ受難曲」の旋律だろうか。


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『世界の大画家 ジョット』中央公論社


 キリストの亡骸が十字架から降ろされると、天使たちはいっそう絶望的に青い空を舞う.
両頬に手を当てる者、袖で涙をぬぐう者、いっぱいに広げられた翼から悲鳴にも似た羽音が響きわたる。これほど人間的な悲哀に身を任せる天使を描いたのは、ジォットが初めてだろう。


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『Great Artists ジオット』 より


 磔刑後三日目の明け方、白いマントの天使が二人、キリストの棺に腰かけている。画面中央の天使は、翼の朱鷺色も明るくにっこり微笑む。目や口元がやや不自然にこわばっているところが、ジォットの冒険の大きさを物語る。彼はイタリアではじめて、笑顔の天使を描いて見せたのである。
 笑みを含んだ視線と指さす方向をたどると、墓から蘇った白衣のキリストが立っている。当時の人々に、この天使の笑顔は、復活の奇跡を強烈に印象づけたことだろう。

 人間の喜びと悲しみを天使に与えたジォット。その困難さは、東洋の仏画と比べても察しがつく。たとえば古い時代の仏涅槃図では、嘆くのは動物たちの役目だ。菩薩や天人は、涅槃が真の死ではないことを悟っているので、取り乱さない。一方、浄土図や来迎図に、笑顔の菩薩や飛天が描かれることもある。ふだんが静かな表情だけに、三日月形の目や唇からこぼれる白い歯など、少しの変化でもインパクトが強い。
 聖なる者の喜怒哀楽を描くのは難しい。ジォットはそれをやってのけた最初の画家の一人だった。 


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高野山阿弥陀聖衆来迎図(絵葉書集「空海と高野山」)より


 気がつくと、入口に掲示された制限時間の二十分はとうに過ぎていた。観客がまばらなせいか、監視員は見て見ぬふりをしてくれている。「キリストの昇天」を見届け、「最後の審判」の真下の扉から外へ出たときには、一時間近くが経っていた。
 散り残った銀杏の黄葉がまぶしい。しばらく歩いてふり返ると、褐色の素朴な礼拝堂が、何事もなかったように木立に包まれている。
 ヴェネツィアに戻ったその夜も、ミラノ行きの列車から寒々としたロンバルディア平原を眺めた午後も、天使の羽音は、耳の奥でずっと鳴り続けていた。

(1999,12,7)



御使いの心つつまし羽も服も見守る相手のいろに染まれり

Angels must have modest souls because their wings and clothes are dyed with the feelings whom they follow.




贖罪のチャペルを出づれば黄葉鳴る嘆きの天使の羽音のごとく


(When I left the chapel of
penance, autumn leaves were rustling like the flapping sounds of wings of lamenting angels.)















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Cappella degli Scrovegni (by ©LEMs.r.l.以下同)



ジォットとキジルの青のやわらかさ大地の熱の記憶を秘めて


The softness of the azure in paitings of Giotto and Kizil Caves! Is it because the color hides the memory of the ground heat when it used to be lapis lazuli ?




 礼拝堂へ足を踏み入れると、澄みわたった青が頭上いっぱいに広がった。魂が吸われてしまいそうなこの青は初めてではない。西域美術の展覧会でキジル石窟の壁画を見たときも、あたたかみのあるやわらかな青に息をのんだ。石窟の画家もジォットも、ラピスラズリという鉱物を砕いた顔料を使っている。どちらの青も、雲を突き抜けた飛行機の窓からみる空のいろに似ている。


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 ヴォールト天井を仰ぐ目に、青空を急降下する天使が飛び込んできた。彼/彼女は聖母マリアとその両親、ヨアキムとアンナの物語の鍵を握っている。
 ヨアキムとアンナは信心深いのに子供に恵まれない。ヨアキムが荒野で断食をし、アンナが家で悲しみの祈りを捧げていると、天使が現れてこう告げる。「神はあなた方の祈りを聞き届けてくださった、しかも世界中に知られることになる人(マリア)をみごもったのです」(聖母の無原罪のお宿り)
 この絵はヨアキムに現れた天使の方だ。紺碧の風を切る朱鷺いろの翼。矢のような速度に巻き毛が乱れ、腰から下が空に溶けこんでいる。まっすぐにヨアキムを見つめる端正な横顔、しなやかに差し伸べられる右腕。鋭い羽音が耳元に聞こえてきそうだ。


 
 
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 マリアの伝記をたどってゆくと、礼拝堂の内陣に通じる門の上に、天使がたくさん描かれているのが目につく。大天使ガブリエルがマリアに受胎を告知するために、地上へ送り出される場面である。
 おや、中央の天使は背中が丸見えだ。天使の翼を真後ろから見るのは初めてだけれど、こんなにふかふかと頼りなげだなんて。やわらかな羽毛、白いうなじ、裾を少し乱した足どりがなまめかしい。

 この当時、天使は正面から描くのが、ビザンティン以来の伝統になっていた。典型的なのがラヴェンナで見た天使たちである。ところが、ジォットはあえて決まりに従わず、あらゆる角度から天使を描いて見せた。おかげで天使たちはずっと親しみ深く身近な存在になった。
 一方、門の左右に描かれた「受胎告知」は厳粛そのものである。大天使ガブリエルとマリア、背景の白い建築までもが左右対称に描かれている。

 

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 伝記の本筋からはそれるけれど、ジォットの描く羊たちはとても愛らしい。顎を地面につけて眠る羊など、実際に羊に親しんでいないと、見る機会は少ないだろう(だから、ジォットが羊飼いだったという伝説が生まれたのかもしれない)。荒野でまどろむヨアキムに寄り添う羊たちは、主人公と心を分かち合うかのように眠たげだ。
(「天使の羽音2」へ続く)



荒れ野にて眠れる白き羊みつつ角もてあますを黒き羊


(A black sheep do not know what to do with his horns while observing a white sheep slumbering in the wilderness.)















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Veneziaの窓


 ヴェネツィアから鈍行列車に乗って、パドヴァまで日帰りの旅に出かけた。すっきりと晴れた朝、窓の外には緑と茶色の畑がどこまでも続き、日陰に白い霜が溶け残っている。一時間ばかりでパドヴァの駅に着いた。さほど大きくない駅舎は若者であふれ、全員が同じ方向へ歩いてゆく。パドヴァ大学の学生だろうと友人が言う。ここはダンテやペトラルカが教鞭をとった「大学者」の街だった。


New Delhi, Kyoto, Padova
の大学の街ふく風や少しく熱き


(ニューデリー キョウト パドヴァの だいがくの まち ふく かぜや すこしく あつき)




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Padovaの窓


木の窓の木の欄干の透かし彫りにからみて光る赤き花むら


(きの まどの きの らんかんの すかしぼりに からみて ひかる あかき はなむら)



 石畳の通りにアーケードつきの建物が並んでいる。リズミカルな半円アーチが繰り返され、頭上にはクリスマスの飾りが見える。古びた木の窓が並び、透かし彫りのバルコンで赤い花が冬陽をいっぱいに浴びている。街を囲むブレンタ運河には蔦が生い茂り、鴨が水をかいていた。


 
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大学の街を潤すブレンタ川あすは注ぐやアドリア海へ


Fiume Brenta streaming in this university town,do you flow into Mar Adriatico tomorrow ?



 街の南のサンタントニオ教会(Sant’ Antonio)は巡礼たちも訪れる大きな聖堂。大聖年を控え修復中だが、天井が高く広々とした堂内は荘厳である。街の中心に向かうと、イタリアで二番目に古い大学、パドヴァ大学に出る。石造りの回廊のそこかしこに、古めかしい浮彫り装飾が散りばめられている。スタンダールが訪れたというカフェ・ペンドロッキは、ヴェネツィアのカフェ・フローリアンとは対照的に見通しがよく、モダンで明るい印象だ。



 

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Padova大学


 カフェで昼食後、街の北に位置するスクロヴェーニ礼拝堂に向かった。緑深い公園に入ると、木立の向こうに小さな煉瓦造りの堂宇が見える。高利貸しのスクロヴェーニ一族が免罪のために建てたという礼拝堂は、ひっそり慎ましく佇んでいた。(「天使の羽音」へ続く)



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Cappella degli Scrovegni



贖罪の祈りの御堂を包みこむ枯葉は金の翼のかたち

(
しょくざいの いのりの みどうを つつみこむ かれはは きんの つばさの かたち)


(The autumn leaves surrounding the chapel of penance are in the shape of golden plumes.)



















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Ca'd'Oro


ゴチックの四つ葉のかたちの影おつるテラッツァに寄り袖振りてみむ


(ごちっくの よつばの かたちの かげ おつる てらっつぁに より そで ふりてみむ)



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旧サン・マルコ図書館の絵葉書と仮面のブローチ

 ティツィアーノの聖母の祭壇画のあるサンタ・マリア・デイ・フラーリ聖堂を出ると、夕映えの時刻はすでに過ぎ、ヴァポレットから見下ろすさざ波に街の灯がゆれていた。運河の向こうに見えてきた、サンタ・マリア・デッタ・サルーテ寺院が夕もやに霞んでいる。岸に降り、広場に向かって歩きながら鐘楼を仰ぐと、不意にその頂が白っぽい薄絹に包まれた。あっと思うと、サン・マルコ寺院は砂の寺と化し、パラッツォ・ドゥカーレも淡い薔薇色の衝立に変わっている。これが霧のヴェネツィア。青白く湿った黄昏の空気に街灯がにじむ。静かな楽の音に誘われ、旧サン・マルコ図書館をのぞくと、カフェの片隅でピアニストとチェリストがひっそりと演奏していた。




夕湿りにじむ街灯点々と闇の深さを指す‘明’位柱


(ゆうじめり にじむ がいとう てんてんと やみの ふかさを さす めいいちゅう)



濃碧の水に流るる灯火の虹よこざまに砕くゴンドラ


(こみどりの みずに ながるる ともしびの にじ よこざまに くだく ごんどら)



街灯を囲む狭霧に身をひそめ吐息もらせる黒き舫ひ舟


(がいとうを かこむ さぎりに みを ひそめ といき もらせる くろき もやいぶね)



蒼、紅、黒の仮面(maschera)つけ替へて霧の紗まとふ海の女王(regina)


(あお、くれない、くろの ますけら つけかえて きりの しゃ まとう うみの れじーな)



ティントレットの闇の深さを失ひてミレニアム待つ
ヴェニスの高潮


(てぃんとれっとの やみの ふかさを うしないて みれにあむ まつ ヴェニスの たかしお)


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Chiesa Santa Maria dei Miracoli



大理石の教会ひとつ手函とし旅愁にひたれる文沈めたし

(だいりせきの きょうかい ひとつ てばことし りょしゅうに ひたれる ふみ しずめたし)












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東の光の架けたる橋つたひ いざ海へ出ん友と歌ひつつ


(ひむがしの ひかりの かけたる はし つたい いざ うみへ でん ともと うたいつつ)



繋ぎたる黒きゴンドラたぷたぷと重き水音わが耳を食む


(つなぎたる くろき ごんどら たぷたぷと おもき みずおとの わがみみを はむ)



リスト、ショパン、メンデルスゾーンの舟歌の三度の和音の源は此処


(りすと、しょぱん、めんでるすぞーんの ふなうたの さんどの わおんの みなもとは ここ)



プルーストのゴンドリエーレも'O sole mio歌へりここはナポリにあらねど


(ぷるーすとの ごんどりえーれも おそれみお うたえり ここは なぽりに あらねど)



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伎楽舞楽のマスケラ被り威尼斯人に紛れてみたき♪カルネワレ


(ぎがく ぶがくの ますけら かむり べにすひとに まぎれてみたき かるねわれ)



天使の飛翔に始まる祝祭の遠き歓声伝える仮面


(アンジェロの ひしょうに はじまる しゅくさいの とおき かんせい つたえる かめん)




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ヴェニスの名冠する都の多けれど東方の夢さめぬは此処のみ


(ヴェニスのな かんする みやこの おおけれど とうほうの ゆめ さめぬは ここのみ)




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ヴィヴァルディの「嵐」フルート協奏曲(コンチェルト) (C-)長調(major)の弾める旋律


(ヴィヴァルディの あらし ふるーと こんちぇると しーめいじゃーの はずめる せんりつ)



ジョルジォーネの「嵐」に満つる翡翠いろ運河にアドリア海に注げる


(じょるじぉーねの あらしに みつる ひすいいろ うんがに あどりあかいに そそげる)



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ティツィアーノの聖母被昇天 立ち昇る緋色の渦を包む夕映え


(てぃつぃあーのの せいぼひしょうてん たちのぼる ひいろの うずを つつむ ゆうばえ)

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