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喫茶室「オべピーヌ(さんざし)」のディプロマット
Diplomate d’ Aubepine, Au Temps Perdu, Kyoto


「赤い縁どりのクロスをかけたテーブルには、ガレットや、ノルマンディ風のパイや、
珊瑚の色をした真珠のようにサクランボのつまった船の形のタルトや、
ディプロマット ”と呼ばれるプディングなどがおかれている。」
『失われた時を求めて』第8巻「ソドムとゴモラ」II 鈴木道彦訳、集英社

Vous vous souvenez un diplomate dans Sodom and Gomorrah (RTP) ?


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ウィーンデザインの月暦(上)* プルーストの手帖(下)
Au MoMAK (en haut) * Carnets de Proust (pinterest)

「proust carnets」の画像検索結果


西暦1900年前後のウィーン・デザイン展を見てから
同時代のフランスの作家、プルーストゆかりのお店
オ・タン・ペルデュ(失われた時に)」でお茶を。。。
お菓子はディプロマット(外交官の意)、英国風パンプディングです。
当時、フランスでは英国風のトーストやお茶が流行していました。


Après avoir vu une exposition de Secession au MoMAK,
j' ai bu du thé Au Temps Perdu en Kyoto.
Voici un diplomate dans Sodom and Gomorrah (RTP) !
Le thé à l'anglaise était en vague à l'époque en France.



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写真集には、ディプロマットの出てくる「ラ・ラプスリエール荘」
を思わせる、典型的なノルマンディー地方のお屋敷が写っています



じつはsnowdropはプルちゃんとツーショットで
さくらんぼのディプロマットでお茶したことが…
ナンチャッテ♪
プルーストゆかりのノルマンディを旅した後の写真です。
プルースティエンヌ(プルースト・ファン f.)ですから!

Tea Time de Snowdrop et Marcel avec un Diplomate (2000s)
Je suis Proustienne!


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プルーストといえばマドレーヌ、
「オ・トン・ペルデュ」のディプロマットはマドレーヌ入りのオリジナルです。
春色のグレープフルーツに、まったりクリーム・ドゥーブルをのせて。

Diplomate à la madeleine d' Au Temps Perdu
Quelle mariage de la crème double et le pamplemousse !


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プルースト、マドレーヌとくれば菩提樹のお茶です。
透明なポットに漂う菩提樹の花が見えるでしょうか。
(次回、もう少し詳しくお見せします)
カモミール・ティーに似た穏やかな色と味わいです。

Et une théière de tisane, bien sûr !


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プルーストが住んでいたパリの一角のリトグラフが
店内(オベピーヌ)に飾られています。
オーナーは相当なプルースティアン(プルースト・ファン m.)!
赤いベレー帽をかぶって、テラス席を行き来しておられます。

Cette lithographie représente le coin où Proust habitait.
Le propriétaire avec son beret rouge est Proustien !




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パリのサン・マルタン運河を思わせる白川沿いに
「オ・タン・ペルデュ」はひっそりと佇んでいます。



とぎれたる皐月の巴里のゆめひとつ続きは白き川のほとりで

une rêve interrompue
de Paris au mois de mai,
dont la continuation
est au Canal Shirakawa
comme Canal Saint-Martin


Canal Shirakawa comme Canal Saint-Martin

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おまけ*プルーストはフェルメールの絵を愛しました。
「デルフトの眺望」は「見出された時」に出てきます。

Bonus*Proust aimait Vermeer.
「デルフトの眺望 wiki」の画像検索結果


フェルメール「デルフトの眺望」* View of Delft by Vermeer(wiki)
おまけ*Bonus
テニスのラケットをギターのように抱えたプルースト(google search)


「marcel proust the」の画像検索結果「リュートを調弦する女」の画像検索結果


この記事のフェルメールの絵(2枚)は来日していません

「正しいマドレーヌの食べ方」へつづく

(To be continued)

(All Rights Reserved)

春の食材を使った料理&スイーツ



フェルメールの「取り持ち女」、初来日(大阪市立美術館の展示は5月12日まで)

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ちょいと!あたしのことをお忘れでないかね?3月8日はミモザの日、国際女性デーだってのに、この仕打ちはないだろう。あたしはフェルメールのやりて婆(ばばあ)。年は食っても女だよ!日本初公開のフェルメール作品だってのに、snowdropはあっさりスルー? 許せないね!
(snowdrop注*フェルメールの他の出品作については前回の記事へ)

Hey, you, snowdrop! Don' t ignore me ! Because March 8th is International Women's Day, you should remember me and give mimosa ! Though I am the procuress painted by Vermeer and have been exhibited in Japan for the first time, you have omitted me in the previous article ?! Unforgivable!!!


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フェルメール「取り持ち女」(1656年)The Procuress by Vermeer
主な絵画図版は『フェルメール』(同朋舎)を撮影

 「やりてばばあ」じゃあんまりだと思われたのかねえ、いつしか「取り持ち女」と呼ばれるようになった。まあ、客に娼婦を世話することに変わりはないがね。ほろ酔いの赤い頬の女を抱きすくめた赤い服の男が、彼女の右手に金貨を手渡している。つかのまのカップル成立、とにんまりしている黒衣の婆があたしさ。
 主役のあたしを黒子(くろご)みたいに陰に沈めるなんて、若いのに機知に富んだ画家だねえ。あたしの隣でグラス片手に笑っている男、案外フェルメールの自画像かもしれないよ。どうです、僕の絵、一枚いかが?なあんて声が聞こえてきそうだ。

 In the above painting, a man in red is handing a coin over a drunken prostitute with red cheeks. I am an old woman in black who is smiling complacently. The young painter was so smart that he dared to set me, the title role, in the darkness. Is this smiling man in black a self-portrait of Vermeer? This figure might say "Hey, would you like one of my paintings ? "


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ファン・バビューレン「やりて婆」(出品されていません) 
The Procuress by D. van Baburen (c.1594-1624)



 もっとも、フェルメールはゼロからこの絵を描いたわけじゃあない。妻の母親が持っていたファン・バビューレンの「やりて婆」(上図)を手本にしたと言われている。フェルメールの妻は裕福な家の出だった。カトリックのお嬢様がプロテスタントの画家と結婚!よほど将来有望な画家と見込まれていたんだろう。姑が婿殿にはっぱをかけている様子が目に浮かぶよ。

「あなたも所帯持ちになって三年、そろそろもっと売れる絵を描いてもらわなくては!さ、先日の注文、わたくしの秘蔵の絵を手本にして仕上げなさいな。
 こんな享楽的なテーマは気が進まないですって?子供のころ、親父が営んでいた居酒屋の喧騒を思い出してうんざりだ、ですって?!でも、この女たらしがルカ福音書の”放蕩息子”だとしたら、どう?
 何が描かれているかにとらわれてはダメ。どう描かれているかをよくご覧なさい。このカラヴァッジョばりの光と影の使い方、生き生きした人物描写。学ぶことはどっさりあるはずですよ!」

 They say that Vermeer painted his Procuress in reference to that by D. van Baburen, a possession of his mother-in-law. His wife was from a rich Catholic family. This young Protestant should have been a hopeful painter. From this painting, I hear a voice of his mother-in-law…
" Now that you have been married for three years, it is about time you painted more paintings that sell better. Here is a model for you to finish your recent order. Oh, you say that you do not feel like imitating such a voluptuary one? That reminds you of your father's noisy tavern? But what if this man was the Prodigal Son in Luke ? You must not think about only what is painted, but should observe how it is painted ! This chiaroscuro of a Caravaggest, these lively gestures…you will find lots of things to learn! "



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「Pieter Claesz wiki still life」の画像検索結果「Pieter Claesz」の画像検索結果

参考*ピーテル・クラース「静物」*Still Life by Piter Claesz(1630-40s)(wiki)(出品されていません)

 そして、数か月後…
「まあ、いい絵になりましたね。娼婦の手のグラスやデルフト焼のワイン差しの見事な質感…これで押しも押されぬ聖ルカ画家組合員ね。それにしても、このタペストリーを描くのにずいぶん時間をかけていたこと。そういえば、マルタとマリアの家のキリストを描いた時も、すみっこの織物に熱中していたそうね…」
 やれやれ、婿殿はやっと姑のお説教から解放されたようだ。

 Several month later…
” You have painted an excellent one ! These wine glass and wine picther look like those by Piter Claesz ! You are now in reality and in name a member(master painter)of Guild of Saint Luke! …And you took a long time to paint his tapestry…are you a tapestry-mania? ”
 At last he was freed from her surveillance !


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ファン・バビューレン
「やりて婆」
(出品されず)







フェルメール「ヴァージナルの前に座る女」(部分)
(出品されず)


 フェルメールの絵の中に、義母の持っていた「やりて婆」はくり返し登場する(↑ 例:右の画中画)。享楽への戒めを暗示するためだろうか。画家としての初心を忘れないため?それとも、いつもの使いまわしかねえ。
 フェルメールの「取り持ち女」に戻ろう。一見、彼らしくない絵かもしれないが、あたしはこの絵が好きさ。何も自分が主役だからってんじゃないよ。でも、このいかにも苦労人らしい陰のある婆さん、いいねえ。
 フェルメールはこの一枚で何かをつかんだんだよ。おそらくは画家としての自覚と自信、そして、自分が描きたいものが何なのか…
 ここで人間の内面の探究めざして舵を取っていれば、レンブラントを越える肖像画が描けたかもしれないのに!……年寄りの繰り言、無いものねだりかねえ。

 The Procuress by D. van Baburen appears several times in Vermeer's paintings. In order to deliver an admonition against the prodigality? So as to remember his original intention as a painter ? Or his usual reuse ?
 Let's get back to Vermeer's Procuress!At first glance, it might look like out of his style, but I like it. It is not because I am the title role, but this old woman's portrait is chouette, she should have seen the world !
 This painting might be his turning point. He gained the self-awareness and self-confidence as a painter while painting this. He found what he want to paint.
 If he had begun to aim at the pursuit of the inner world of a human being, he might have painted a more excellent portrait than those of Rembrandt ! Is this the complaint of an old woman or crying for the moon ?
 

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フェルメールが描きたかったもの、それは光と影、色と形、つまりは美しい絵だった。「取り持ち女」の画面の大部分を占めるのは、トルコからの輸入品とおぼしきタペストリーだ。幾何学性と装飾性をあわせもつ文様の色と形、それから質感の表現にフェルメールは熱中した。そののち何枚もの絵の中で、テーブル掛けとして、あるいは舞台の幕のように、色とりどりの毛織物が描かれた。

What Vermeer wanted to paint was the light and shadow, colours and figures, that is, the beautiful painting. For example, this Usak tapestry occupies a large area of his Procuress. The geometrical and decorative pattern and texture fascinated the painter. He was to paint various tapestries as a table cover or a drop curtain.


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『絨毯 シルクロードの華』(国立民族博物館展覧会図録、朝日新聞社)より
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フェルメールの描いた緞帳のようなタペストリー
(左の絵は出品されていません。ちなみにこの絵はsnowdropが初めて実見したフェルメールです。ウィーン美術史美術館蔵)


 色と形、そしてストーリー(物語性)を志向するフェルメールの画風は、仮名・漢字づかいと音のひびき、そして歌物語を大事にするsnowdropの短歌に通じるのかもしれない…
 あるいは、タペストリー、真珠、黄色いガウン、鋲付きの椅子、楽器など、限られたモチーフを組み合わせて幾通りもの絵を描いたところは、少ない言葉を組み合わせて珠玉の和歌を詠んだ式子内親王を思わせる。

 Vermeer's style orienting to the colours, figures and stories mighr have something common with snowdrop's style of tanka-poem orienting to the appearance of written characters and sounds.
 And Vermeer's method making various compositions with limited motifs such as tapestries, pearls, a yellow gown, musical instruments, etc. reminds me of pearls of waka-poems with limited vocabulary by Princess Shikishi.


📚 参考文献(注*「真珠の耳飾りの少女」は今回の展覧会で出品されていません)

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「青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)」を大阪市立美術館で見たのは西暦2000年でした。
I saw this girl with a blue turban in Osaka in 2000.



海いろのターバン真珠のイヤリング 少女(をとめ)は夢む ツリパの国を
🌷 ツリパ = トルコ人のターバン。チューリップの語源

portant
une perle à l'oreille
et turban ultramarine
une jeune fille rêve
du pays de la tulipa


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(馬見丘陵公園*2017年4月)

ここから、おまけ(「オスマン帝国外伝」TVドラマの録画より)*Bonus

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フェルメールの時代から遡ること100年余り。オスマン・トルコの宮廷ドラマを見ると、どの部屋にもトルコ絨毯が敷き詰められている。絨毯の上に座布団とちゃぶ台、まるで日本のお茶の間!スルタンもプライベートではターバンを外してくつろぐ。

Here is a Turkish carpet in Magnificent Century ! Sultan takes off his turban in a private room !

「スレイマン 1世」の画像検索結果
スレイマン1世の肖像画(wikipeida)
Süleyman I(1494-1566)

スレイマン1世(左)と大宰相イブラヒーム(右)* ↓İbrahim Paşa (1493-1536)

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ターバンはトルコ人のツリパ、チューリップの語源である。なるほど、この白いターバンはチューリップのつぼみによく似ている

The name tulip derives from "tulipa (turban)" . His white turban looks like a white tulip bud ! 🌷

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オスマン帝国ではチューリップの花が好まれた。夕日の方角へチューリップがお辞儀する、そのさまが皇帝たちの心をくすぐったとか。「世界よ、朕の前にひれ伏せ!!」

This movement of the tulip was called "Tulip's bow" by Sultans of Ottoman Empire. They compared this flower to all the people in and out of the empire.


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オリエントの荒れ野に生(あ)れしチューリップ小砂利まじりの花壇にゆるる

tulips that were born
on a desert in Orient,
they swing
on a gravel-covered
flower bed in Japan



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チューリップは中近東ではラーレと呼ばれる(トルコ語:lale, ペルシア語:لاله

オマル・ハイヤーム『ルバーイヤート』(黒柳恒男訳注*ペルシア詩)Rubáiyát
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「トプカプ宮殿 チューリップ タイル」の画像検索結果
トルコ至宝展HPより)

国立新美術館(東京)にて3月20日から開催

(All Rights Reserved)











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大阪ではフェルメールの作品が6点 展示されています → 🌷
東京展の記事(desire photo&art フェルメールの芸術)→ 🌷


チューリップの国から届きし六輪の花はやまとの春のさきぶれ

たとふればそれは原種のチューリップ内へと閉づる真珠の女

just like
ancestors of the tulip
that close
into the interior,
Vermeer's women with pearl accessories


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大阪市立美術館を飾るチューリップ


オランダのチューリップ・バブルが弾けたのは1636年。それからおよそ30年後、オランダ第4の町デルフトで、一人の画家の作品が開花した。ヨハネス・フェルメール(1632-1675)。静寂の画家は、幼いころの町の喧騒を覚えていただろうか。

In 1636, the tulipomania ended. About thirty years later, the talent of one painter bloomed. His name was Johannes Vermeer (1632-1675). Did this painter of the silence remember the fever in his country in his childhood ?


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フェルメールの独白(snowdropによるフィクションです)

 チューリップ・フィーバー?花の色なら覚えているよ。珍しい花が生まれるたび、みんな目を輝かせていた。だんだらの斑入りの花弁、レースのような皺くちゃの花弁…なぜ、誰も気づかなかったんだろう。どれも病葉(わくらば)そっくりの花だったのに。
 あの妖しい美しさに人々は心奪われているのだと、子供心に思っていた。知らなかったんだ。ちっぽけな球根にうつつを抜かすのは、それを売り払えば家が一軒建つくらい儲かるからだってこと。
 
Monologue of Vermeer
 The tulipomania? I have only a dim memory of that. Adults were all excited by the tulip bulbs of strange varieties. Some petals were mottled, some jagged … why did nobody noice that they looked like diseased leaves ?! I did not know they were charmed not by the beauty but by the high price.


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(左)  158.5×141.5cm, 1654-55年頃  / (右)  71.1×60.5cm, 1670-71年頃
絵画図版はすべて展覧会パンフレットを撮影

 
 僕らの国はカトリックの大国スペインから独立したところだった。プロテスタントは商業に寛容な宗派だ。裕福な商人たちが絵画の新たな顧客となった。
 野心に燃えた僕は、大きな宗教画に挑戦した(左)。マルタ・マリア姉妹と語らうイエス・キリスト。僕にしては粗い筆致だって?薄暗い教会堂で、遠くから観賞するには、これくらいのタッチが丁度いいんだ。画面左のトルコ絨毯の柄はついつい細かく描きたくなってしまったけれど。(僕にはテクスタイル・フェチの気があるんだ)
 注目してほしいのは、光の使い方。スポットライトめいた光の中でまめまめしく給仕する姉マルタと、陰の中に座り込んでキリストの話を聞いている妹マリア。どちらが神の心にかなったと思う?じつは何もせず話を聞いていた妹の方だった。けれども、僕はあえて働き者のマルタに光を当てた。だって、デルフトの勤勉なご婦人方が、内心マルタに同情しているのに僕は気づいていたから。
 それからおよそ十数年後に描いた、恋文を綴る婦人、同じ画家の絵に見えるだろうか(右)。 一見当世ふうの風俗画だけれど、窓のステンドグラスから神々しいまでの光が差し込んでいる。壁に掛かった絵は、幼児モーセがファラオの娘に拾われる場面を表したもの。これは旧約聖書における「和解」を象徴するのだとか。僕の絵のなかで「和解」するのは恋人たち!神の愛、人の愛…聖俗二つの世界が重なり合う。

 Our country had become independent from Spain in 1609. The rich middle class became the new customer of paintings.
 I, an ambitious young painter challenged a large religious painting: Christ in the House of Martha and Mary. Rather rough touch for Vermeer? This touch is right for a dim church where people look up the painting from a distance. And this detailed pattern of a Turkish carpet…you know, I have been a sort of fetish for textile since my debut.
 I painted Martha in the light, a sister who was occupied by entertaining Christ and Mary in the shadow, a sister who was absorbed in listening to him. True it was Mary who had pleased Christ, but it was Martha who aroused the sympathy of the diligent women in Delft !
 About few years or decades later, I painted Woman Writing a Letter with Her Maid. It is an up-to-date genre painting, and yet the stained glass and this painting representing baby Moses imply the holy reconciliation. Human love, God's love…


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「リュートを調弦する女」1663年頃


 モチーフの少ない小品もよく描いた。一つには注文が増えたからだし、一つには、それらを描くのが性に合っていたからだ。上の「リュートを調弦する女」も、自分では気に入っている。窓から差し込む光が女の白い額を照らし、高い鼻筋をくっきりと際立たせる…。まるでギリシアの芝居の仮面のようじゃないか?じつは、市場で見かけたギリシア系の少女の面影を重ねたんだ。
 壁に掛かった地図は、商業国家オランダの栄光を表している。海へ漕ぎ出せば、西欧文明のふるさと、ギリシアへ行ける!かつて我が国へチューリップをもたらした異教国トルコへも!この女はどこから来て、窓の彼方のどこを望み、どこへ行こうとしているのだろう。
 
 I often painted small paintings because many townspeople ordered them and I myself loved painting them. The face of this woman with a lute is in the light, and it looks like a Greek mask because of the high brow and Grecian nose, doesn't it ? I had seen a Greek girl in the town several days before.
 A map on the wall symbolizes the glory of our mercantile nation! Going to sea, we can reach both Greece and Turkey, an Islamic state that brought us the tulip! From where did this woman come, what is she looking out of the window, and where will she go?


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(左)51.4×45.7cm, 1663年頃 / (右) 44×38.5cm, 1669-70年頃
 

 僕はストーリーのある絵が好きだ。右の絵の女もリュートを持っているけれど、ここでストーリーの鍵になるのは、もう片方の手のなかの恋文だ。洗濯場の奥で交わされるひそひそ話…。どうだい、扉の隙間から二人をのぞき見している気がしない?手前に黒い箒を描いたのは、家事放棄への戒めや遠近表現というより、臨場感を感じてもらいたかったのさ。

 I like the painting with a story. The right woman with a lute holds a letter and is whispering with her servant in a laundry. Do you feel as if you were peeping at them? A black broom is not only a symbol of the abandonment of housework but a small tool for giving a you-are-there feeling. 


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「手紙を書く女」45×39.9cm, 1665年頃 


 その一方で、ストーリー性よりも、色と形の美しさを追求するのも好きだ。この絵では、壁の額絵(画中画)にテキストとしての意味はない。ただし、彼女の髪に結んだひらひらのリボンを引き立てるには、この暗い四角い画面がどうしても必要だった。彼女の黄色いマントと白い毛皮の縁取り、そしてテーブルの青い掛け布を美しく浮かび上がらせるためにも…
 この絵で一番描きたかったのは、星のような光だ。彼女の両目の輝き、鼻と唇のハイライト、真珠の耳飾りのきらめき、テーブルの真珠の首飾りのつぶつぶの光…。それに手箱や椅子の鋲の光、ガラスの杯の光!それぞれ星座のように規則正しく並んだ光の粒が、画面全体に統一感を与えているだろう?!
 この子が誰に手紙を書いているのか、それはどうでもいいことだ。どうでもよくなってしまったんだ、僕には!

 On the other hand, I like to pursue the colours and forms in the painting. In A Lady Writing, a picture on the wall has no meaning as a text. But this black space was necessary to emphasize her ribbons, yellow coat and blue desk cover.
 What I wanted to paint were these star-like lights. Her shining eyes, the highlights on her nose and lips, her pearl accessories, the rivets on a casket and on a chair, all the lights look like constellations and unify the whole painting !
 For me, it no longer matters whom this girl is writing to !


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フェルメール・カラー?(2017年4月)


 僕は画家だ。流行や注文に応じて、それなりに色んな絵を描いてきた。それでも、本当は、小さなカンバスに、ぎりぎりまで少ないモチーフを並べて、息をつめて筆を進めるのが大好きだ。時間を忘れ、家の中の喧騒を忘れ、窓の外の欲と金にまみれた世界を忘れ…絵のなかの小宇宙にこもっていると、カメラ・オブスクラの精になったような気がする。そこは、ヴァージナルやリュートがかそけく響くだけの静かな世界。―
 かつてチューリップの夢を見たことのある土地に、僕は生まれた。色とりどりのチューリップにひっそりと混ざっていた原種のチューリップが、僕は忘れられない。オランダ絵画黄金期に咲き競ったチューリップのように賑々しい世俗画のなかで、僕の絵は原種のチューリップのように目立たないかもしれない。けれども、そのしずけさを愛する人々が、この世のどこかに、未来のどこかに、常にいるはずだ…

 I am a painter. I have painted various paintings according to the orders and trends. To tell the truth, I like painting minimum motifs on a small canvas while holding my breath. I forget the time, the noises in my house, the greedy world out of the window, and I feel as if I were a silent spirit of the camera obscura. Only the murmur of the lute, virginal, …
 I was born on the land that had dreamt of the tulip. I remember an illustraion of an ancestor of the tulip among colorful garden species in a pictorial book. Among the colorful and cheerful genre paintings of Dutch Golden Age such as Jan Steen, Pieter de Hooch, etc. , my paintings might be too quiet and simple. But those who appreciates my silent paintings should exist and will exist, forever and ever.


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原種のチューリップ*ancestor of the tulip(2017年4月)

(All Rights Reserved)






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フェルメールからの手紙を待っていた むめの便りのかをる如月

J' attendais
une lettre de Vermeer
au mois de fevrier
quand le prunier
commence à fleurir


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フェルメールをおさめた蔵をのぞいたら浪花のひひな人形も美(は)し

looking in a warehouse
keeping Vermeer's paintings
I found
beautiful hina-dolls also
that had been handed down in Osaka


「大阪市立美術館 ひな人形」の画像検索結果
大阪市立美術館HPよりお借りしています


フェルメール展が東京から大阪へ巡回してきました。
スローな snowdrop、絵のレポートはまた改めて…。

An exhibition 'Making the Difference: Vermeer and The Dutch Art'
has begun in Osaka, following that in Tokyo.
Slow snowdrop's report will be published later.


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展覧会が始まってはや数日、入場券をもとめるのに何分かかるでしょう?
白壁の巨大な蔵をおもわせる美術館の正面に回ると…

How long does it take to buy a ticket of this exhibition ?
Here we are in front of Osaka Municipal Museum of Art
like a huge storehouse …


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行列なし、待ち時間 0!
フェルメール・カラーの黄色のチューリップに彩られた階段を
金髪の女性がゆったり昇ってゆきます。
ほっとして振り返ると、おお、これが名高い通天閣!(右)

No line, no waiting time !
A blonde woman is going up the stairs,
where blue and yellow pansies are lined up.
Turning around, a panoramic view of Osaka!


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知らなんだ通天閣が時計はめHITACHIのゼッケンしよつているとは


大阪の町がお子さまランチなら旗ははためく通天閣に


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このごろ建築関係の翻訳を少々手がけているせいか、
これまでのように絵や彫刻へ突進するだけではなく、
建築の細部にも目がゆきます。

Because I am now translating some documents on the architecture,
not only artworks but also the details of architecture attract my attention.


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大阪市立美術館*Osaka Municipal Museum of Art


バルコニーや尖頭アーチ、絵のない玻璃窓など、
先日入ってみた神戸のモスクを連想させます。

The balcony, ogives and simple stained glasses
remind me of those in Kobe Muslim mosque.


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神戸ムスリムモスク*Kobe Muslim Mosque

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神戸ムスリムモスク*Kobe Muslim Mosque


大阪市立美術館*Osaka Municipal Museum of Art

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美術館の外観は商家の白壁の土蔵を思わせるのですが…。
中国彫刻など東洋美術のコレクションも充実していますから、
こんなオリエンタルな折衷様式がぴったりかもしれません。

While the external appearance is in Japanese style,
the interior design in Oriental syle, which is suitable
for the concept of this museum(collection:HP).


石造 菩薩交脚龕晩秋



北魏の石仏も上村松園も…(大阪市立美術館HPより)

Chinese Bodhisattva statue (5c.) / Japanese style painting

(All Rights Reserved)









今朝、あふれる月の光に目覚めたら、重たそうなまるい月が山の端へ落ちてゆきました…
(スーパームーンは2月20日)

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スーパームーン(2015年)*Super Moon*snowdrop撮影*短歌とは無関係です


ときどきは耳を澄ますこと月に射されたままからだ   勺 禰子

sometimes
straining my ears
on a pass
still with the body
bathed in the moonlight
― Shaku Neko, tr.by Yukiko Kawakami


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今月号の『角川短歌』の「短歌のさじ加減」でも取り上げられた
禰子さん(しゃく ねこ)さんの歌集『月に射されたままのからだで』。
2017
年の夏、勺さんのブログ( 🐈)で拝見して以来
サインを頂きたいと願ってきました。先日勇気を出して願いをかなえました。

Here is the first collection of tanka composed by Shaku Neko,
Still With the Body Bathed in the Moonlight
and a tanka-magazine, one of whose articles refers to her tanka.



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勺 禰子さんと会ひて
リュックよりさらりと出せる筆ペンは歌人の矢立の流れをぞ引く 


恋文ペン字で *「シャッポン(帽子)」はわが祖母の造語?

シャッポンをななめにかぶるウタビトは万智チヤンみたいなボブカット・ヘア

a tanka-poet
cocking her chapeau
was charming,
with bobbed hair
like that of Machi-chan

→ Tawara Machi(wiki)


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主菓子「梅の窓」(菊屋、大和郡山市)
撥鏤(ばちる)菓子切(守田 蔵作 🌸
🌸『古事記』をテーマにした創作も…

勺さんが所属しておられる短歌結社の機関誌『短歌人』
二月号の表紙は
です。如月から弥生の窓辺で味読しましょう。
主菓子「の窓」に入った筋は、大和郡山市の町家の格子窓を思わせます。

The tanka association which Shaku-san belongs to
publishes the above magazine (Februray 2019 Issue).
Do you recognize the
plum blossoms on the front cover ?
A Japanese cake in the shape of
plum blossoms by a window
reminds me of a window of a traditional townhouse in Nara.



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町家の窓*Former residence of Kawamoto family in the ex-red light district (2016)


勺さんの眼を通して歌われた関西は、古代史に連なりつつ

いま、ここの現代をも生き生きと映し出しています。

Kansai district in hertanka reflects vividly the contemporary life
while leading to the ancient history.




今はむかし国際港と思ほえばコスモスクエアといふ名をば肯ふ   勺 禰子



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梅二輪(コンデジ内蔵の魚眼レンズで加工)


関西方言の短歌もあります。

It is difficult for me to translate our tanka in Kansai dialect



「カーネーション」2011年秋、朝の連続テレビ小説

言うちゃるわ、早よ寝り、食べり、行っちょいで。
糸子の母は祖母の面影   
勺 禰子



2016年夏、祖母の追憶
枝豆をみしってきちょうと渡されし手籠に勇みき
幼ごころは  snowdrop


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農林会館(大阪)(2016年)* snowdropの祖母もよくミシンを使っていました

「カーネーション」の周防龍一(綾野剛) ミシンをしょっています (google search)

関連画像




キーボードに引き裂かれゐし子音母音なつかしみつつ

君の名を呼ぶ   勺 禰子


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snowdropは高校時代、英文タイプライターに挫折しました。

大学時代にワープロが登場。さて、ローマ字入力か仮名入力か?
迷った末、外国語にも応用のきくローマ字入力を選びましたが
子音と母音をたえず引き裂いている罪悪感はいまも拭えません。
新仮名遣いで痛めつけられた日本語を、さらに鞭打っている気がして。
けれども、慣れとは恐ろしいもの。
今や鉛筆を握るよりキーボードを叩く方がするする歌が生まれるのです。
ピアノのように両手を使うと、左右両脳が刺激されるからでしょうか?
果たしてこのままでいいのか … 言霊が弱まったりしないでしょうか?

I once gave up typing in English during high school.

Then the word processor appeared when I was at university.
I have chosen Roman letter input rather than Japanese one
because I can apply it to foreign languages also.
But according to Shaku-san's tanka, the Roman letter input
tears Japanese into the vowel and consonant !
To tell the truth, I can compose tanka more smoothly
with PC than with a pen, like playing the piano with both hands!
Will typing in English weaken the spirit of Japanese language ?!


東大寺境内の黄葉と月の歌の栞(90年代)

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挿画 山本じん 銀筆「淤能碁呂島」『絵本古事記 よみがえり―イザナギとイザナミ』


(ぎん)(ねづ)の光をまとふ本えたりスーパームーンのふくらむ午後に



ドレ筆の『神曲』めきたる銀筆の
『古事記』にうねる(かづら)の言霊


ドレによるダンテ『神曲』の挿画(
google search)


「illustration of La Divina Commedia by G. Doré.」の画像検索結果


The above silver cover illustrating A Record of Ancient Matters
reminds me of the illustration of La Divina Commedia by G. Doré.


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