
11月最後の主日礼拝、聖歌隊の練習に参加すべく早起きしたらおよそ一時間前に到着しました。が、早起きは六ペンスの徳?牧師先生と子供たちがクリスマスツリーを組み立てるところを初めて見ることができました。アドベント(待降節)の始まりは次の日曜日、待ち遠しいですね。

聖歌隊による秋の収穫の讃美
いざいざは弾めるやうに歌ひませう聖歌隊の長(おさ)の教ふる
聖歌隊の白衣はフリーサイズなりすつぽりかぶれば俄か天使(アンジェロ)
風のやうにオルガニストは現れてピアノをふはり奏でて去りぬ
本日の礼拝は前任の牧師先生のレクチャーです。
誰のデザインしたポスターでしょう?
キュートな似顔絵がフレンドリー♪
先週のレクチャーの内容が週報に収録されています。読みながら、礼拝の始まるのを待ちましょう。
スライドのイラストが高度な内容をかみ砕いてくれます。およそ二十年前、父と二人で、おなじ前任牧師先生から洗礼準備の教えを受けた時の資料を思い出しました。↓真ん中の図は神様と人間が良い関係にある状態、右の図は神様に人間が背いている状態(罪)です。今回のスライドでは、冠が加えられていました。罪の状態にある人間は、神様の冠を自らかぶってしまい自分中心に、孤立して生きているのだそうです。(20年前のモノクロ資料に赤で冠を描き込みました)↓
↑七枝燭台(メノラー)はシナゴーグで見たことがあります。キリスト教会のアドベント・キャンドル↓は四本です。待降節の飾りつけはまた改めてお見せしますね。
ケンプ版の楽譜
オルガンでフェッターのフゲッタ「来たれ異教徒の救い主よ」とを
弾き比べながら、師匠オルガニストが昼餉から戻るのを待ちます。
ピアノの向こうで、祭壇の飾りつけが終りました。
フゲッタはシンプルですが、定旋律が繰り返し出てきて明快です。
ケンプ編コラール前奏曲 (BWV659a)はさながら幻想曲のよう、
定旋律はあっという間に自由な曲想に飲みこまれてしまいます。
ブゾーニ版も同様です。(下線をクリックすると聞けます)
これらの元になったコラールの譜面を頂戴しました(上図上段)。
ミラノ司教アンブロシウスの聖歌をルターが独訳、作曲した讃美歌です。
バッハのコラール前奏曲(BWV599)と弾き比べると(上図下段)
原曲の下降音型が生かされていて、半音階を駆使した
より神秘的な曲想になっています。流石、大バッハ!↓
↑ わが師匠に手ほどきを受け、音大へ進学・リューベックへ留学した
オルガニスト、冨田一樹さんの演奏で、コラール前奏曲BWV599をどうぞ。
(オルガン小曲集:Orgelbüchlein BWV599−644より)
バッハの自筆譜付き。YouTube概要欄にはプロフィール・演奏リストなど。
φ (. . ) メモ
バッハの「来たれ、異教徒の救い主よ」(オルガン)には
「異教徒(異邦人)」はクリスチャン以外の人を指します。
かつてキリスト教世界は全世界への布教を推し進めました。
それは既存の別の宗教との闘いに繋がることもありました。

チベットのオボか朝(あした)の駅前のモミジバフウに旗の吊らるる
Tibetan Oboo?
frags are hung between
two sweetgums
near the station
in the morning
わが家の窓から
クリスチャンになってからは、異邦人の心から少し離れていましたが、
ある日、ふと、自分が経験したことのない苦難や病気などに
想像力の及ばない寂しさや無力感は、たとえばユダヤ教世界の男性であったとして
「あなたは割礼を受けていない人だから」と言われる思いと通じる気がしました。
旧約聖書の世界が少し身近に思えます。
師匠オルガニストは調律師です
今年のアドベントに、「来たれ、異教徒の救い主よ」を中心に
ささやかなオルガン・プログラムを(ひそかに)組んで、
教会奏楽者デビューします(師匠のサポート付きのアマチュアひよっこ🐤)。
聖歌隊の賛美はちょうど「来たり給え我らが主よ」(二編112番) 。
誰かの支えとなれますように、主への祈りをこめて弾きましょう。
(緊張して頭が真っ白かも?!)
前奏は大バッハの「パストラーレ」第一曲
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