
大阪中之島美術館で「大阪の戦後建築と中之島」という展示と展覧会二つとを、おかわりして見ました。
長沢芦雪展&テート美術館展のおかげで、ようやくまんぷく?!心は満たされましたが、ランチの時間が無くなってしまいました。
ジョン・ブレット「ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡」
ロンドン漫遊中に目に留まらなかった作品が沢山ありました。
18,9世紀の絵画と現代美術とが分けられず展示されています。写真撮影が許されている油絵を何枚か撮影しました。

ターナーの「大洪水の翌朝ー創世記を書くモーゼ」はゲーテの色彩論を実践しているでしょうか。
ジョン・エヴァレット・ミレイ「露に濡れたハリエニシダ」
決してとどめることのできない、お金では買えない宝珠の連なり。

油絵具による華麗な孔雀もいいですが、芦雪の蛙と朝顔の襖絵がとっても良かったです。
日本美術は撮影不可の場合が多いので、自分で撮った写真はありません(google search)
朝顔の口紅の呼ぶ蛙かな
lipstick-like
morning glories invite
a pair of frogs
中之島美術館のそばにある母校のセンターのシンポジウムへ。
「具体」美術は翻訳の仕事に出てくることがあります。発表者の一人は学芸員で、これまで企画してきた大中小の展覧会を村上春樹の長編・中編・短編小説に例えていました(「鴨東通信」)。そこで西洋美術史の恩師と落ち合い、館内のカフェへ。閉店直後だったので、紙コップのお茶とマドレーヌの一択。
プルースト・ファンの我らにぴったりです!!
une madeleine et té pour Proustien/Proustienne
恩師は毎朝、血圧を測りながら本を読むそうです。
川端康成『山の音』と堀辰雄『美しい村』。
美しい村に流れるバッハのト短調フーガ、
ピアノだと弾くのが難しいのですよね。
母の形見の川端康成(東山魁夷挿画)(上)
恩師に頂いた堀辰雄『大和路 信濃路』初版本(下)
恩師ご夫妻の住む葉山のお家に思いをはせました。
息子さん夫婦がチェンバロやピアノを稽古し、お孫さんがお喋りをする
にぎやかなお宅と聞いています。
それでも朝のひととき、師の心には静かな時が流れていることでしょう。
本を広げて血圧を測る数分は、永久を含んだ特別な時間ではないでしょうか。
ハマスホイのしづけさ破り聞こえくる山の音へ耳を澄ませば
listening to
a mountain's sounds
breaking
the silence of
Hammershoi’s paintings
「東京の里子は蝉がめずらしく、また里子の性質のせいか、はじめはこわがるのを、房子が油蝉の羽根を鋏で切って与えた。それから里子は油蝉をつかまえると、保子にでも菊子にでも、羽根を切ってくれと言う。これを保子はひどくいやがった」―『山の音』
庭に落ちていた蝉の羽根

蟬の傷金継ぎせよと泣くわらべ 幸
a child crying to ask meto repair a broken cicadawith gold lacquer
「菊子はフランス語を知らないが、修一に発音を教えられ、レコオドの口真似をくりかえして、割と上手に歌った。たとえば巴里祭のリス・ゴウチイでも、苦しい境遇をただ死なないできた人と言われる、そんな味が菊子にあるはずがないが、たどたどしい菊子の薄い歌いようも楽しかった」―『山の音』
スワンの住んでいたオルレアン河岸(2004年)中之島美術館への川岸の道と少し似ています
この日の中之島界隈は厳重警戒態勢で、恩師の宿の辺りも警官に取り巻かれていました。
それにしてもおみ足の速いこと!お洒落なステッキは転ばぬ先の杖、すぐに着きました。
宿から1分ほどの地下鉄の駅辺りも、少しざわついていました。
恩師には多くのことを学んできました。心に刻まれたお言葉の一つが…
「(文筆の道で生きるためには)営々と書き続けなければいけないね」
あるいは、父娘で洗礼を受けた時の返信メールが忘れられません。
「また一つ identity(アイデンティティ)を加えられましたね」
おなじ教会の兄姉(教会員)からでさえ、「大変でしたね」とか「よくご決心を」
と労られることが多かったのですが、上記の言葉に、目の前の道が明るく開けた気がしました。
大学院卒業後も、宗教美術を含めあまたの芸術作品、音楽、文学について教わりました。
現在のわたしがあるのは先生のおかげです。
これからもずっとお元気でいてください。またお目にかかる日を楽しみにしております。
恩師との翻訳の仕事の様子はこちら。 ↑
皆さんも大阪上本町のEUへご一緒しませんか。マネのフォリー・ベルジェール風のバーも出てきます。
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