
神無月尽、小津夜景さんの『いつかたこぶねになる日』が届きました。
フランス風景の暦をめくって、トリコロールを忍ばせた本をのせます。
中国の玉杯と爵(三本足の酒器)も、だまし絵みたいにのせてみます。
小津さんの本も、だまし絵みたいに驚きがいっぱい!
彼女のブログ「フラワーズ・カンフー」とフォーラム・ブログ「ウラハイ」の
一愛読者snowdoropは、なつかしい一節に胸ときめくこともたびたび ♡ ♪
(ハイ=俳 * 夜景さんはフランスにお住まいの俳人です)
UN JOUR POUR DEVENIR UN ARGONAUTE avec LE JOUR DU VIN ET DES VIANDES
The new book written by Yakei Ozu arrived on 31th October.
I put it on a leaf of my calendar that has just been torn.
Can you recognize my trompe-l'oeil-like wine glasses made in China?
There are many trompe-l'oeil-like surprises in her book also!

神無月の桜紅葉 🍂 cherry leaves in October
「初出」の日付を一つ選んで、ブログ記事を再訪してみると…
あら!本の一章の半分サイズです。まるで短歌の上の句みたい。
そこで今度は下の句探し、後半部分は別記事に!まるで連句?
それぞれの文章はこまやかに推敲され、肉付けされています。
初出のブログ記事がお酒なら、御本はお肉?
かくして、幸せな「酒と肉の日々」は連句のようにいつまでも続くのです。
期間限定付録は「酒と肉の日々」
This book is based on her blog, and is revised and supplemented.
It is interesting to compare one chapter with plural blog articles.

霜月の桜紅葉 🍂 cherry leaves in November
書き下ろしの章もあります。その一つが「翻訳とクラブアップル」
クラブアップルとは『赤毛のアン』の”歓びの白い道”に輝いていた花です。
日本なら、桜並木の風情でしょうか。
クラブアップルの砂糖漬けに憧れていた小津さんは、大人になってから、
実家の庭先の海棠がそれに当たると知って拍子抜けするのです。
(お父さまお手製の海棠酒もすてきだと思うのですが)
↓ この枝の下をアンが行くところを想像してください。
… ちょっぴりギャップを感じませんか?
伊藤若冲「海棠目白図」(部分)(google search)

Some chapters are newly written, for example, "Translation and Club apple".
The club apples are the flowers of "White Way of Delight" in Anne of Green Gables.
Yakei-san had been curious about club apple preserves, and one day
she was disappointed to find that her father grew that tree to produce wine.
His club apple wine also attracts me!
花海棠 * flowering crab apple(2017)
あるいは「好事近」の英訳「ハピネス・アプローチズ」に小津さんは胸きゅん。
小津さんの和訳は「幸福が近づく」です。
漢文の訓読が即席翻訳法なら、彼女の漢詩の翻訳はポエトリー。
四角張った漢詩がやわらかく、みずみずしい詩に生まれ変わり、
アップル・コンポートのようにするする喉を通ります(音読がお勧め)
それは『赤毛のアン』を翻訳で読める幸せに似ているかもしれません。
(村岡花子らの美しい日本語に魅せられて、モンゴメリの原書を手に取り
びみょう~なギャップに挫折した女子中高生は少なくないのでは?)
A poem's title translated by Jiaosheng Wang
"Happiness Approaches (好事近)" faschinated Yakei-san.
Her own translation into Japanese is also charming.
While conventional reading classical Chinese texts in Japanese
is so-to-speak a mechanical translation method,
Yakei-san's translation is a kind of poetry.
Each Chinese poem is reborn as a fresh Japanese poem through her silver-grey cells.
↑ この古雅なる『和漢朗詠集』が夜景さんの筆にかかると
「藤原公任というおしゃれな平安人(びと)が、
お気に入りの和歌と漢詩のサビの部分を採譜し、
テーマごとにまとめた平安時代のソングブック」
ということになります。読んでみたくなりますね!
「月」という文字の右隣の和歌を、夜景さんが紹介しています。
The above refined and classical book,
Collection of Japanese and Chinese Poems for Singing
is summarized by Yakei-san as follows:
"A song book compiled by Fujiwara no Kinto,
a chick nobleman in the Heian period,
taking down in musical notation, arranging by topic
the chorus parts of his favorite waka and Chinese poems".
楊貴妃 * Yang Guifei (2016年)
むかし、『謡曲百番』ってどう英訳したらいいかしら?と問われて
The Hundred Popular Noh Songs(ポピュラー・ノウ・ソング100)は?
と答えたことを思い出します。^^
If I translate the title Youkyoku Hyakuban,
how about The Hundred Popular Noh Songs ?

モネの庭(ジヴェルニー)の林檎の花*Giverny in 2004
こぼれ話
ブログの翻訳って大変でしょう?と時々尋ねられます。
ほんらい翻訳とは禁欲的で根気のいる作業です。( ..) φ
原文の意味やニュアンスを汲む単語や表現を求め、頭を絞る日々…
一方、バイリンガル・ブログを綴る時は、肩の力が抜けています。
意訳・要約もアリですから、訳脱等に神経を使うことも少なくて。
日本語と外国語の語感のギャップを楽しむ自由さえあります。^^
私事ながら、snowdropが一番大変だった頃、自分を支える行為が
おぼつかないフランス語で日記をつけることでした。
In my bilingual blogs, I am relaxed more than in my work-related translation
where I should be stoic to express the original's shades of meaning.
The gap of nuance between Japanese and foreign languages often amuses me.
Keeping a diary in French during a difficult period encouraged me.
玉の緒のような蜘蛛の巣に桜紅葉(2016年)
百人一首の「玉の緒よ…」で有名な、あの式子内親王だって
英語ならプリンセス・シキシ。まるでプリンプリン物語です♪
小津さんは
「英仏の漢詩翻訳は(…)かなり根っこがのびのびしている」
と述べていますが、まさにそんな気分?
もちろん、小津さんご自身の軽やかな漢和翻訳は
鴛鴦のように優雅でいて、水面下にハードロックな推敲を秘めているはずですが…
According to her, English or French translation of Chinese poems seems relaxed at the root.
I suppose her light and clever translation must be supported by sincere elaboration!
トリコロールな「愛染」川端龍子
おまけ
小津さんの記事にあった源順(したごう)の「美味」なる和歌 → ☽
宗達と光悦のコラボでもどうぞ ♪♪ (鶴の上に綴られた文字です↓)
源順
水の面に照月なみをかぞふれば今夜ぞ秋のもなか成ける

(ジャズ・セッション風の対話)
光悦「群れの最後尾の鶴に順の歌を重ねよう。鶴の旅ももなかを過ぎたか…」
宗達「ここで思い切って空白をおく。紙と書だけの即興の時(アドリブ・タイム)といたそう」
光悦「なに、鶴も波もなしに弾(はじ)けられるものか!」