人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ヴァージナルの後ろで語る女(Tweet from Procuress)

ヴァージナルの後ろで語る女(Tweet from Procuress)_c0345705_13071899.jpg


お久しぶりねえ ♪ あたしのこと、覚えてる?青いドレスで「ヴァージナルの前に座る女」じゃないよ。女の背後の壁にかかった絵、その右端に描かれた、やりて婆さ。原画の作者はファン・バビューレン(1595頃-1624)、フェルメール(1632-1675)より昔の、カラヴァッジョ派の画家だ。

フェルメールの「取り持ち女」(1656年、下の参考図)の手本になったのが、このバビューレンの「やりて婆」(下図右)だった。貸してくれたのは、画家の義母マリア。画家は結婚してまだ三年目、姑には頭が上がらなかったことだろう。「やりて婆」は後年、「音楽の稽古」と、「ヴァージナルの前に座る女」のセピア色の画中画として登場する(下図左)。

ご覧、原画(下図右)はくっきりしとるじゃろ?年甲斐もなくド派手な黄をまとってるって?敬老の日に失敬な!還暦なら赤いちゃんちゃんこだっつーのに!
黄色はユダの色、「欺き」のシンボルカラーさ。はあ?中国じゃ皇帝の色かい?所変われば…だねえ。
あたしの前でリュートを弾いている若い女は、娼婦。青い袖が清楚だって?縞柄は、はみだし者の柄じゃよ。昔の人には常識さね。

Do you remember me? Not a lady seated at a virginal but a procuress in that picture on the wall! This picture in the painting, The Procuress painted by Van Baburen (lower right), belonged to Vermeer's mother-in-law and appears in Vermeer's paintings twice (eg. lower left). The original procuress is in yellow, Judas' yellow, the color of betrayal(lower right). (In China, the yellow is the emperor's colour!) A woman playing the lute in front of me is a prostitute. The stripe used to be a symbol of the misfit. Vermeer painted his own Procuress in the third year of his marriage(It came to Japan in 2019, below large figure).


ヴァージナルの後ろで語る女(Tweet from Procuress)_c0345705_13074073.jpg
絵の中の絵は「画中画」と呼ばれる  ↑
(参考図)2019年来日の「取り持ち女」↓
ヴァージナルの後ろで語る女(Tweet from Procuress)_c0345705_09524186.jpg

時は流れて…四十代のフェルメールは「ヴァージナルの前に座る女」を描いた。43の若死にだから、最後の作品かもしれない。静謐なる絵をぶち壊す、場違いな画中画と思うかね?眉をひそめるsnowdropさんよ。むかしロンドンのナショナル・ギャラリーで、この絵の前に一時間以上も佇んでいたのに、何を見てたんだい。ボンクラだねえ。左隣には、これと対になる「ヴァージナルの前に立つ女」も掛かってたろう?よっく見比べたのかい?

「…立つ女」(下図左)は昼の光、「…座る女」(下図右)は夜の闇を表した絵だ。「立つ女」で光の差し込む窓を描いたフェルメールは、「座る女」の窓に青いカーテンを下ろし、ガラスの向こうを黒く塗りつぶした。

Vermeer painted Lady Seated at a Virginal in his forties, which might have been his last work. Snowdrop, do you think his silent swan song is disturbed by the picture in the painting, a noisy image of Procuress ? Though you were standing in front of this painting for more than one hour in London, you did not observe anything! Did you compare it with another painting, Lady Standing at a Virginal, which was hung next to it?

While Lady Standing at a Virginal expresses the daylight, Lady Seated at a Virginal the darkness of the night ― the window is painted black and a blue curtain is closed.


ヴァージナルの後ろで語る女(Tweet from Procuress)_c0345705_08201759.jpg


夜は愛の悦楽の時間。女の弾くヴァージナルの語源は、ヴァージン(処女)。ヴァージナルの前に置かれたヴィオラ・ダ・ガンバとは、「足で支えるヴィオラ」という意味だ。「処女」と「足」が並べば、ふふ、意味深じゃろ?

ついでに、女たちの青と黄のドレスにも注目しておこう。女たち?ああ、ほぼ同じ衣装だけれど、二人は別人だ。顔立ちが違うからね。フェルメールは、モデルになった女たちによく青と黄の衣装を着せた。いつもの色の組み合わせ…。だが、バビューレンの「やりて婆」をもう一度見てごらんよ。青い服の娼婦と、黄色い服のやりて婆。フェルメールの色使いの原点は、案外こんなとこにあったのかねえ。いや、乏しいワードローブを使い回してたって見方もあるがね!

The night is the time for the profane love. The name of an instrument, "virginal" comes from "virgin", and another "viola da gamba" means "leg viole".
The colours of these ladies' clothes are blue and yellow, the same colour combination of the prostitute and procuress by Baburen! Or did Vermeer's poor wardrobe force him to paint the same dress again and again?


ヴァージナルの後ろで語る女(Tweet from Procuress)_c0345705_13074073.jpg
画中画(左図)とその原画(右図)


画中画の娼婦はリュートを奏でている。快い音曲で、男を悦楽に誘っているのさ。けしかけたのは無論、やりて婆のあ、た、し!ご用心!夜の快楽の世界に深入りすると、不幸になるぞよ。聖書に出てくる「放蕩息子」みたいにね!

音楽は聖俗の間(あわい)を行き来する芸術だ。かつてパリのノートル・ダムの修道士は、苺売りの呼び声をモテトゥスに織り込んだ。いっぽうフェルメールは楽器を描くことで、放蕩と俗愛を戒めている。それを裏付けているのが、セピア色の「やりて婆」さ!

ヴァージン(処女)とガンバ(足)だなんて、深読みも甚だしいって?じゃあ、snowdropの言い分も聞いてやっておくれ。「座る女」が来日している間に、話したいことがあるらしいから。

The music comes and goes between the sacred and the profane like that of Notre-Dame school. This painting admonishes the profane love by depicting the instruments, which is confirmed by me, the procuress in the picture on the wall! Do you find snowdrop an ”over-interpreter”? She has something to tell you while Lady Seated at a Virginal is being exhibited in Tokyo and Osaka.

(「ロンドンで見たフェルメール」へつづく)

(To be continued to "Vermeer Seen in London")

📚 参考文献
ヴァージナルの後ろで語る女(Tweet from Procuress)_c0345705_13240945.jpg


デルフトの雲へいのちを吸はれしか黄色い壁を凝視する画家
was the life
of the painter
who was gazing at the yellow wall
absorbed in the clouds of Delft
painted by Vermeer?


Johannes Vermeer. Vue de Delft (1660-61)
黄色い壁 (google search)

Est-ce que
la vie du peintre
qui regardait
un petit pan de mur jaune
absorbé au ciel de Delft?


記事中の図版は『フェルメール』(中央公論社)(同朋社)を撮影

2019年に初来日したフェルメール「取り持ち女」については、こちら↓


おまけ ♪ 今日は、ベートーヴェン・イヤーの賢治忌  
チェロは一見ヴィオラ・ダ・ガンバと似ていますが、違う楽器だそうです。

Bonus on Kenji's death anniversary in Beethoven year 2020.
The Cello is an instrument different from the viola da gamba.



(All Rights Reserved)







by snowdrop-momo | 2020-09-21 13:18 | Autumn(秋の便り) | Comments(2)
Commented by milletti_naoko at 2020-09-25 23:30
細部までていねいに描かれ、ピアノに描かれた絵や横、下部の装飾、色使いも、カーテンや衣装のそれと共に美しく、純粋で好奇心旺盛な若い女性がこちらを見る姿に、ジェイン・オースティンの小説や映画の場面を重ねていたら……

文章を拝読して驚きました。対をなす絵に、歌で言うと、本歌取りの本歌に当たる絵の存在とその内容。確かに確かになのですが、鑑賞の自由と創作の意図とその背景にあるものとの関わり、描いた人自身は、見る人にどんな思い出見てもらいたかったのだろうと言うことを、ふと思いました。
Commented by snowdrop-momo at 2020-09-27 07:10
*naokoさん
図版の細部まで味わっていただけて、フェルメールも喜んでいると思います。
ジェイン・オースティンを連想されたんですね。素敵です!
彼女もフェルメールを、画集や美術館で鑑賞する機会があったことでしょう。

そうですね、フェルメールのこの二枚の絵には少し時間差があるのですが
本歌取りというよりは連句に近いと思われます。
対幅として鑑賞されることを計算していたと個人的には考えますが
よく似た構想で興の向くままに描き継いだのかもしれません。
フェルメールに直撃インタビューしてみたいですね。