ソメイヨシノは本当に美しいのか(Is Somei Yoshino really beautiful?)


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平安神宮と疎水と染井吉野*Torii & MoMA, Kyoto

 snowdropには染井吉野の写真が少ない。
 子供のころ、近くの小さな神社へみんなでお花見に行った。そこでsnowdropは染井吉野を見た。きれいだった。うすべにの花、花、花…。綿菓子みたい!甘くてやわらかいものだけでできている!ひたすら眺めた。眺めつくした。たぶん一生分を。
 あの日の、あの花より美しいと思える染井吉野に出会ったことがない。

 Snowdrop has taken photographs of Somei Yoshino lesser than other breeds.
 When she was a child, she has gone to see the cherry blossoms at a local shrine with her family. The flowers of Somei Yoshino were beautiful, pale pink and soft like clouds, like cotton candies. She observed, admired, and appreciated probably a lifetime's worth of Somei Yoshino.
 She has never seen since then Somei Yoshino as beautiful as those on that day.



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「二つ折りの座」(京都国立近代美術館)*お花見の座布団にぴったり?
folded-cuchion-like contemporary art object in the garden of MoMA Kyoto


 染井吉野は、江戸彼岸と大島桜が交雑してできた一本の木を祖とするクローンだという。葉が出る前に、花だけがぱっと開く華やかさが好まれた。いちどきに咲いて、いちどきに散る。武士道を思わせるこの花は、武士の世が終りに近づいた江戸末期に生まれ、武士が滅びる明治時代から大量に植えられた。
 染井吉野の名は、江戸の染井村で育成されたことと、花の名所・吉野への憧れとに由来する。

 Somei Yoshino is said to be a kind of clone, whose flowers emerge before the leaves. All the flowers bloom and fall at the same time. Somei Yoshino reminded Japanese people of Bushi-do, the code of the samurai.
 This breed
was born at the end of the Edo period(warriors’ time)and has been planted since the Meiji period when the warrior class was abolished. The name of Somei Yoshino derives from a gardener village in Edo, Somei and the most famous place for cherry blossoms, Mt. Yoshino.



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明治時代のお花見(今月のカレンダーから)


 生長は早いが寿命は短い。いちどきに咲いて、いちどきに散る。もろくあやうい、クローンの桜。第二次大戦中、日本兵の理想にまつり上げられた。
 敗戦後、焦土を覆い隠すように、ふたたび大量の染井吉野が植えられた。それらは今いっせいに老いつつある。

 Somei Yoshino grows fast and lives a shorter life. The fragile clone cherry tree was regarded as a symbol of Japanese soldier’s ideal during the World War II: blooming and falling at the same time.
 After the War, many Somei Yoshino were planted in order to cover the scorched earth. These trees are now growing old at the same time.



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 染井吉野はいつも滅びに立ち会ってきた(武士道、皇国史観)。日本人の美意識と、弱さと、したたかさを背負い、毎年咲いては散り、咲いては散り、生き急ぐかのように老いを迎え…。
 吉野の名を引きながら、吉野の山桜からもっともかけ離れた桜。山桜や枝垂れ桜のように、それだけでは絵になりにくい。誰からも愛されるけれども、偏愛されることが少ない。

 Somei Yoshino has always witnessed the downfall, such as that of Bushi-do, of the historical view that Japan is a country under the eternal reign of living god emperors. This breed has represented the Japanese aesthetic sense, has included Japanese strongnesssometimes slynessand weakness, bloomed and fallen every spring, lived fast and grown old.
 Though its name includes Yoshino, it is the farthest from the wild cherry on Mt. Yoshino. It does not make a lovely picture as well as mountain cherry or weeping cherry. While it is liked by everyone, rarely loved passionately.

 
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「桜花」『小林古径』朝日新聞社(上)* 吉野の山桜(下)
Cherry Blossoms by KOBAYASHI Kokei*mountain cherry in Yoshino
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 明治維新150年。まだ、150年?!なんという嵐の時代をくぐり、嵐を起こしてきたのだろう、日本は!染井吉野は!
 日本語も嵐のなかにあった。文語体から口語体へ、旧仮名遣いから新仮名遣いへ…。いっそローマ字に統一しようという声。いやいや、フランス語を公用語にすべきだという声…(あの志賀直哉が!)。
 いっぽう、琉球や蝦夷のことばを奪い、アジア諸国に日本語を押しつけようとした。果ては『万葉集』までもが戦意高揚のために用いられた。

 
 2018 marks the 150th anniversary of the Meiji Restoration.What 150 years! Japan and Somei Yoshino have lived through the turbulent period.
 Japanese language also has been in the storm. It has changed from literary style to colloquial one. Some maintained to use only Roman letters, some
ex. SHIGA Naoya, a great authorrecommended French as the official language.
 Japan prohibited the use of dialects and ethnic languages, and forced Japanese on Asian countries. Even some poems in Man’yo-shu were used to foster the spirit for the war.



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伝統的な屋形船がこの春、復活した*traditional yakata-bune (private boat)


 合理化をとるか、伝統を守るか。そもそも伝統とは?日本らしさとは?蜻蛉(とんぼ)のかたちをした小さな島国のアイデンティティをどう守ればいいのか。
 明治以来、巌のように圧してくる西欧文明、大戦前後に押し寄せてきたアメリカ文化…激動の百年!その約十分の一は迷妄の十五年戦争。ふりかえれば室町は、平安は、天平は百の十倍の過去、千年の昔…
 染井吉野は、明治維新後150年のすべてを見てきた。
 みずからの美しさを誇るよりもむしろ、日本のふるい景観と新しい町並みの両方に優しく、美しく、寄り添いながら。

 Japanese people discussed. Which should be selected, rationalization or tradition? What is our tradition? What is the Japaneseness? How can we protect the identity of this dragonfly-like small island? The pressure of Western civilization since the Meiji period, the inflow of American culture after the World War IIwhat stormy hundred years! While one-tenth of that is the delusion of wartime (fifteen years), ten times of that is the distance to the Muromachi, Heian, or Tempyo peroids (around thousand years before)….
 Somei Yoshino has seen everything during these 150 years, while gently supporting and beautifying both traditional and modern landscapes rather than manifesting its own beauty.


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クローンのさくらはかなし青白きLEDの灯に照らされて


des fleurs de Somei-yoshino,

un cerisier cloné,

elles semblent triste

sous la lumière pale
à DELdiode électroluminescentelight emitting diode



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「末期の眼」で桜をあふぐ川端へ花の瞳はなに語りけむ


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「宵桜」『東山魁夷展』(朝日新聞社)*東山魁夷は、川端康成の本の装丁も手がけている。

Evening cherry blossoms by HIGASHIYAMA Kaii, who bound some of KAWABATA Yasunari's books

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by snowdrop-momo | 2018-04-21 06:14 | Spring(春の便り) | Trackback | Comments(4)
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Commented by desire_san at 2018-04-21 10:16
snowdrop-momoさん こんにちは。
早速訪問させていただきました。

snowdrop-momoさんは、西洋美術より日本文化の方に関心をお持ちなのですね。私はどちらかといえば西洋美術志向かも知れませんが、美しい日本美術も愛しており、優れた日本文化は守っていきたいと思っています。

 しかし、日本人は時流に流されやすく、嵐のように寄せてきた、明治の西洋文化や戦後のアメリカ文化に対して、大切なものを選んで守っていくということが得意でないように思います。それは文化だけでなく、政治の世界でも、同じで、グローバリズム、新自由主義、規制緩和などアメリカから来たものを、検証することなく受け行けてしまう傾向はいまも変わりません。

 明治維新の初めは。全国各地にお城の天守閣がありましたが、西洋式富国強兵政策の下、殆どが破壊されてしまいました。規制緩和政策の下、京都、奈良、鎌倉の古い街並みはほとんど失われてしまいました。本当に残念なことです。イタリアだったら、日本中に白の天守閣が残り、京都、奈良、鎌倉の古い街並みは守られていたと思います。こんな日本の変化を150年間、染井吉野は何を思つてみてきたのでしょうか。ブログを拝見してそんな思いをいだきました。

 染井吉野は、花だけならもっと華やかで美しいははいくらでもあるでしょうが、歴史を刻む日本の文化的建造物や日本の古い街並みには染井吉野が一番よく似合うのではないでしょうか。

Commented by snowdrop-momo at 2018-04-21 17:55
*desireさん、コメントをどうもありがとうございます。

どちらかというと日本文化志向かもしれませんが、
西洋の文芸にも深い共感と愛着を覚えます。
日本語と外国語の両方で短歌を詠むのはそのためです。

日本人はあまりに素直で一途なるがゆえに
一歩間違えると、誤った方向に突き進んでしまうというあやうさを、
一日本人として感じます。
たとえば廃仏毀釈で神仏の美術を破壊してしまったり…

染井吉野が日本の歴史的景観に一番似合うというお言葉に、
目から鱗が落ちる思いです。
染井吉野の真の美しさのありかに気づかせてくださいました。
ブログの本文末尾に反映させて頂きます。ありがとうございます。
Commented by echalotelles at 2018-04-23 05:30
芭蕉は、さまざまなこと思い出す桜かな と詠みましたが
私は、それぞれに思い出の中の桜かな と詠んでみることにしようかな。
東京で育った私にとっては、桜といえば染井吉野。
おそらく、明治、大正、昭和、平成と東京で育った多くの人にとってもそうだと思います。
染井には、有名な人たちが眠る染井霊園やその他寺院も多く、とてもいいところですよ。
染井吉野は歴史の出来事も見てきただろうけれど、東京に住む人たちの平凡な日常やささやかな幸せもしっかりと見て来たことと思います。
クローンの桜といってしまうと、趣がなくなってしまいますが、ひとつひとつ挿し木で育ててきたと考えると、この桜に思いを込めた人たちの熱意や愛情も感じられるような気がします。
私はこの桜は、東京にいちばん似合うと思うな。
どこよりもいちばん変化が激しく、強くもあり危うくもあり、人の命や人が作りだすものの儚さを町とともに象徴しているように見えます。
舞い落ちてくる花びらを手のひらで受け止めようとしながら毎年見ていた子どもの頃の染井吉野、大人になってから東京のあちこちで見た染井吉野、川に大きく張り出した枝に満開になった桜並木と川面に映ったその姿、私にはいつも本当の美しさを見せてくれた染井吉野です。
Commented by snowdrop-momo at 2018-04-23 07:14
*echaloteさん、
いまのsnowdropの気持ちにも、ぴったりの俳句をありがとうございます。

それぞれに思い出の中の桜かな echalote

この記事を書いて、染井吉野へのもやもやした思いが
やっとすっきりした気がします。
そして、心から染井吉野が好きと思えるようになったんです。

子供のころのお花見、
母と一緒に桜さく校門をくぐった高校、
笑顔の人ばかりの桜並木の哲学の道、
友と眺めた幾春もの桜、
竹生島を描き表装のように囲んでいた桜、
家から見える桜木…

身近すぎて、春の空気のように感じていたのかもしれません。
だから、一度距離をおいてみたくなったのかも…
家族に反発してみたくなった子供のように。

echaloteさんの東京の桜、情景が目に浮かぶようです。
桜と人の営みに寄せる、あたたかく深い愛情もひしひし伝わってきました。
名しかしらない染井村、いつか訪ねてみたいです。

ふるさとの江戸の染井を恋ふさくら snowdrop

LEDに照らされた明け方の桜、はっとする新鮮さでした。
古くから歌い尽くされてきた桜を現代的に詠んでみたくなりました。
3月に「ももさへづり」(ココログ)で詠んだ時は、「さびし」としました。
それからずっと、どうしてさびしいのか考えずにいられなくて…

文章を書くことで考えをまとめ、
ブロ友さんたちから気づきを頂けてよかったと思います。
ありがとうございます。