『古都』の新しい花(new flowers in the old capital)


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京都府立植物園で見かけた子供たち(3月下旬)*Kyoto Botanical Garden (March)


川端康成の『古都』には、主人公の千重子が両親と京都府立植物園を歩く場面があります。

「噴水の右を進んで、つきあたると、左へ行けば、子どもの遊び場などらしい。(…)三人は、木かげを右へ折れた。思いがけなく、チュウリップの畑におりた。千重子は声をあげたほど、みごとな花盛りであった。(…)『ふうん、これでは、新しいきものに、チュウリップを使うはずやな。あほなと思うてたけど…。』と、太吉郎もため息をついた。
 ひまらや杉の若芽の下枝が、孔雀の尾をひろげたようだとするなら、ここに咲き満ちる、いく色ものチュウリップは、なににたとえたものだろうか(…)」― 川端康成『古都』(以下同)

千重子の父、太吉郎は京呉服問屋の主人です。着物のデザインも手がける彼は、チュウリップのモダンな美しさに複雑な思いを抱きます。ときは1961年、連合軍に接収されていた植物園が12年ぶりに再開された年でした。


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The Old Capital by KAWABATA Yasunari (1899-1972) has the scene where the heroine Chieko takes a walk with her parents in Kyoto Botanical Garden. Takichiro, her father, is the master of a kimono fabric shop in Kyoto and kimono designer. He is inspired by the tulips in this garden as well as his daughter's books of paintings by Paul Klee, Marc Chagall, etc. In fact, he does not entirely admire the simple beauty of this flower as a motif of kimono's design. This novel is set in 1961 when the botanical garden was reopened after twelve-year requisition by Allies of World War II.


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ひまらや杉でもなく、北山杉でもない、レバノン杉です*not Himalayan but Lebanon cedar


snowdropが植物園を訪ねた日、ちょうど「アメリカ」という名の桜が花盛りでした。戦後の古き都で、新しい美を模索する太吉郎。彼は、千重子からもらった「クレエ」(パウル・クレー)の画集や、チュウリップの色彩からインスピレーションを得るのです。平成のいま読み返すと、カタカナの使い方も時代を感じさせます。

Takichiro considers what the tulip should be compared to if the Himalayan cedar's branches are to the peacock's tale.
When snowdrop visited the botanical garden, the cherry trees named "America" were in full bloom.


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アメリカ」と木瓜

「アメリカ」は日本から北米に渡った染井吉野が品種改良され、日本へ里帰りした品種です。

"America" is a variety that was bred in North America and returned to Japan.


Japanese quince and ”America”
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京都府立植物園は、日本最初の公立の植物園です(大正13年、1924年開園)。この場面に先立って、千重子が友人と訪ねた平安神宮は、明治の社でした。温室や噴水のある洋風の植物園と純和風の神社…正反対のようでいて、どちらにも、外国を強く意識した近代日本の意気込みが感じられます。明治、大正、昭和、そして平成…日本はつねに新しい日本の在り方を模索してきました。

「三人はがらすごしに、熱帯植物の群れをのぞいただけで、なかには入らなかった。短い時間の散歩なのである。」―『古都』


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三人がスルーした温室には、睡蓮(ブルー・ロータス)が…
"blue lotus" in the green house that Chieko's family passed through


Kyoto Botanical Garden is the first public botanical garden in Japan founded in the Taisho period, 1924. Heian Shrine, which the heroine visited with her childhood friend, is the shrine built in the Meiji period. Though this Western-style botanical garden and that traditional Japanese-style shrine might seem opposite, they share the Japanese self‐identification surrounded by foreign countries. Japan has groped for the new Japan through the Meiji, Taisho, Showa, and Heisei periods, and even the old capital, Kyoto is no exception.


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くすのき並木

『古都』にはこの楠並木が何度も登場します。そのうちの一場面から。

「楠の並木は、木ずえで、左と右の枝が交わしていた。その木ずえの若葉は、まだ、やわらかく薄赤かった。風がないのに、かすかにゆれているところもあった。五人はほとんどものを言わないで、ゆっくり歩いた。めいめいの思いが、木かげでわいてきた。」

The Old Capital refers to the avenue of camphor trees in this garden many times.


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比叡山*Mt. Hiei, the mountain seen from anywhere in the botanical garden like a steeple


京都では「お山」といえば比叡山を指します。植物園のどこからもよく見えます。まるで教会の塔のように…太吉郎らがお山について語らう場面を思い出しました。

「比叡山は、濃いかすみのせいか、なんやら、低う見えるようやおへんか』(…)「春がすみで、やさしいて…」と、太吉郎はしばらくながめていて、「あのかすみに、ゆく春を、お思いやさしまへんか」

川端康成の『古都』は必ずしも名作とは言えないと思います。この作品を新聞連載していたころ、作家は眠り薬を乱用し、夢うつつだったとか。けれども、かな遣いののびやかさや、飛躍の多い詩的な文体は、流石です。極上の年中行事絵巻、名所案内記に酔う贅沢さ!

The Old Capital might be not a masterpiece of this first Japanese recipient of Nobel Prize for literature. While writing this serial story in the newspaper, he abused sleeping pills. And yet this novel's poetic style is beautiful.


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しだれ桜、紫木蓮、白蓮
weeping cherry and magnolia (purple and white)


千万の花の瞳と見つめ合ふ力を秘めし花の国びと

「末期の眼」で桜をあふぐ川端に花の瞳はなに語りけむ

傘の下に人あるごとく花の下に仰ぐ人ある国に生まれて
je suis née

au pays où il y a des personnes

sous chaque cerisier en fleur

comme il y a une personne
sous chaque parapluie


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天城吉野 (大島桜×江戸彼岸)* Amagi-yoshino

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by snowdrop-momo | 2018-04-10 20:40 | Spring(春の便り) | Comments(8)
Commented by pikorin77jp at 2018-04-10 21:49
桜の下の子供たちの桜の写真 なんて可愛いのでしょう~~~!!こんな場面みたら 絶対撮りたくなりますよ。3月の植物園なら まだ桜満開の頃ですね。古都の中に出てくる楠木並木 微かな記憶があります。ゆっくり 古都を読んでみたくなります。
睡蓮 やはり温室の睡蓮なんですね。熱帯性睡蓮、色んな花や色があるものですね。
Commented by echalotelles at 2018-04-11 06:04
京都府立植物園にはそれはそれはたくさんの植物があるということを知って、いつかは行きたいと思っているのですが、レバノン杉まであるとは!
パリの植物園にもレバノン杉があって、急に京都府立植物園が日本を代表する植物園のように思えてきました。
比叡山が見えるのもいいですね~
『古都』は読んだことがありませんが、この植物園のことを想像しながら読んでみようかな。
フランス語版も出ているのですよね。見てみよう。
パリの植物園では、今、白妙桜が満開だそうです。
↓「吉野から花だより」の記事にコメントしたのですが、もしかしたらうまく送信できてなかったかしら。
Commented by desire_san at 2018-04-11 14:03
赤と白のコントラストが見事な写真を拝見し、現代絵画の精神に共鳴するものを感じました。

川端康成の文学は、それだけ読んでも何を言いたいのか分かり難いという印象を持っています。 川端康成の根底には、日本の戦前の「美しい国」が生み出した十五年戦争に対する反抗の精神が脈打っていたのではないでしょうか。しかし戦前近代日本の精神風土への絶望と川端康成が求めた日本文学における「反逆精神」が、川端康成をして<転向>せしめ占める結果となったのでしょうか。川端康成は、そんな思いを胸の中に深く秘し沈め、世相に背を向けて、戦争に賛成も反対もせず、古典の世界に沈潜していました。彼は自分の姿を「時勢に反抗する皮肉」と自虐的に捉えていたようです。それが「敗戦」を機に、一気に揺り戻され、「国破れ」た結果相次ぐ知己の死を感じたのだと想像します。これが川端康成の「古典(伝統)回帰宣言」に至ったのではないでしょうか。川端康成の戦後の姿勢は、諦念が加わった閉塞的なものが種となっているように感じられます。 この一連の川端康成の精神の遍歴を考えると、戦後の「古典(伝統)回帰宣言」の意味と彼の戦後の文学を理解できるような気がしました。
Commented by snowdrop-momo at 2018-04-11 20:01
*pikoさん
植物園のくすのき並木、歩かれたことがあるんですね!
『古都』をお読みになると、ほかにも記憶が甦るかもしれませんね。
snowdropはずっと行きたいと思いながら、初めて出かけたんです。
水車のそばのコブシもこの植物園で撮りましたが、記事にするのは先になりそうです。
熱帯の睡蓮はカラフルですね。温室のなかはぬくぬくでした♪
Commented by snowdrop-momo at 2018-04-11 20:20
*echaloteさん
パリの植物園にもレバノン杉があるんですか!行ってみたかったです。
おっきい盆栽みたいな白妙桜、植物園のHPで見ました~~
次回の記事で取り上げることにしました。
桜以外の花も、おいおいご紹介したいです。

『古都』をフランス語で読む、素敵ですね!京都弁はどう訳されるのかしら…
仏語版のタイトルはKyotoなんですね。
ジャケ買いするなら英語版かもしれません(ともにamazonで見ただけです)。

吉野の花だよりにコメントくださっていたのですか?!
探してみましたが、見つかりません。(T T)
セイヨウミザクラの切手がはがれてしまったのでしょうか…?
お手数ですが、もう一度コメントくださると嬉しいです。
Commented by snowdrop-momo at 2018-04-12 05:46
*desireさん
拙い写真から現代絵画を連想してくださって光栄です。
川端康成について、desireさんならではの視点から、力のこもったコメントをありがとうございます。彼の作品はとらえにくいですね。実はそんなに沢山読んでいないのですが…
思いめぐらしているうちに、こんな歌ができました。
「末期の眼で桜を仰ぐ川端に花の瞳は何を語るや」

先日、desireさんの桜の記事の一つにTBを差し上げました。
続きはそちらに書かせて頂くことにいたします。どうぞよろしくお願いします。
Commented by milletti_naoko at 2018-04-13 17:13
京都府立植物園は、高齢のブログのお友達が京都に暮らされていて、よく花の写真を載せられているので知り、季節ごとの花の美しさを愛でていたのですが、建てられたとき、そして再び市民が訪ねられ流ようになるまでに、そういう歴史があったのですね。興味深いです。川端康成の細やかな自然の描写が、さりげなく物語の随所に散りばめられているんですね。それをこうしてお写真といっしょに拝見すると、いっそうの感慨があります。遠い昔に読んだ記憶がぼんやりとあるのですが、また読んでみたいと改めて思いました。

実はイタリアで一昨日だったか、1965年に映画化された『80日間世界一周』がテレビ放映されました。小説の方がおもしろかったなと思いつつ、見たのですが、このジュール・ヴェルヌの原作での設定は1872年で、紹介された日本では、横浜の港に寄ったはずなのに、なぜか鎌倉の大仏と共に、京都の平安神宮と思われる神社やその境内が映し出されて、不思議だったのを思い出しました。ちょうどその明治の頃に、海外で名高かった場所として取り上げられていたのかと、ふと思いました。
Commented by snowdrop-momo at 2018-04-14 06:36
*なおこさん
興味深いコメントをありがとうございます。
「80日間世界一周の日本」という動画を見つけました。
https://www.youtube.com/watch?v=-MsM0y6Wq34
なるほど、鎌倉大仏と平安神宮が日本を代表するイメージだったのですね。市場が少し中華風なのが笑えます。
平安神宮ができたのは平安遷都1100年の1895年で、1872年という時代設定とは合わないのですが、1956年の映画の時代考証はアバウトだったのですね。^^
もっとも、平安当初の鮮やかな色を再現した日本らしい神宮という点では、よい選択だと思います。

京都府立植物園、葵祭で出会った年配の女性もスマホで写真を見せてくれました。
珍しい植物を四季折々に楽しめるようなので、また訪ねてみたいです。

『古都』、今回は主に春の場面を拾い読みしましたが、いつか夏秋冬も読み返してみたいです。
岩下志麻らの映画もありますが、どれか見る機会があればと思います。