バナナとショコラと絵葉書と(Banana,Chocolate,and Postcard)

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2000年代の日本の客船*Pacific Venus (a Japanese cruise ship), 2000s
https://www.youtube.com/watch?v=UrQ_ONd_mzw
 
(Claude Debussy - La mer *ドビュッシー「海」)



西暦1901年(明治34年)2月、エジプトのポートサイドから神戸へ向かう丹波丸の甲板に、一人の日本人が佇んでいた。若き日のセルゲイ・ラフマニノフを思わせるほっそりした顔立ち。ぽってりした唇は温厚そのものだが、両目には鋭い底光が宿り、定まらぬ波のかたちを見すえている。

Au mois de février 1901, un japonais restait debout sur le pont de N.Y.K. Tamba de Port-Saïd à Kobe. Il ressemble à Sergueï Rachmaninov ― ses levres sont épaisses et gentilles, et pourtant ses yeux brillent et observent des vagues changeantes.



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わが船はバナナのみのる南島をよぎりて向かふ西の果ての地


La navire se dirige vers le monde occidental via des îles de l’ Asie du Sud-Est où la banane donne.


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チョコレエト一口ふふめばほろ苦く日本男児の舌に溶けゆく


Une tablette de chocolat, dont le morceau légèrement amer, il se fond sur la langue d’ un japonais.




Bovril Chocolate Classic 1900s Poster Print New

Poster of 1900s (google search)



男は画家だった。竹内栖鳳、36才。19008月から翌年2月の半年にわたる外遊 ― パリ万国博覧会視察と西洋美術めぐりの旅を終えたところである。ミケランジェロ、レオナード、ラハイル、リウベンス、レンブラント、ウワンダイク、クロードロラン、ダビード、そして少年の頃から憧れのトルネル(ターナー)…日本で予習していた画家たちの絵を、自分の目で確かめた。初めて出会ったのはコロー、初めて食べたのはチョコレートとバナナ、そして初めて集めたのが絵葉書だった。

Il a été un peintre. TAKEUCHI Seihō, trente-six ans. Il vient de finir sa tournée d’ inspection de L'Exposition de Paris 1900 et son voyage de la visite des musées, de août 1900 à février 1901. Il avait énuméré des noms de peintres au Japon: Michel-Ange, Léonard, Raphaël, Rubens, Rembrandt, Van Dijck, Claude Lorrain, David, et Turner qui est l’ étoile d’ ésperance pour lui depuis son enfance. Il a observé leurs peintures sur le vif. Ce qu’ il a rencontré pour la première fois, c’ a été les toiles de Corot, ce qu’ il a mangé pour la première fois, la tablette de chocolat et la banane, et ce qu’ il a recueilli, la carte postale illustrée.



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絵葉書、初めて見る薄っぺらい四角い紙。そこにはフランスの踊り子の絵、スエズ運河やパリ風景やサンタンジェロ城といった名所の写真、マスカーニの江戸を舞台にしたオペラ「イリス」のイラストなどが印刷されていた(絵葉書の図版は廣田孝『竹内栖鳳 近代京都画壇の大家』および原田平作『竹内栖鳳』による)。

La carte postale illustrée, le papier rectangle où on trouve une illustration d’ une danceuse française ou celle de l’ opera de Pietro Mascagni “Iris” dont la scène est Edo, des photos des hauts lieux comme Canal de Suez et Château Saint-Ange.



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Postcards from Paris (September 24, October 2, 1900) * C' est mignon!


 白い羽毛襟巻(ボア)をまとい、夢見るように目を閉じた美女の絵の裏面には瞳が描かれていて、光に透かすと目をぱっちりと開く。この特殊印刷は好奇心豊かな画家の気に入った。さっそく家族に送ってやろう。とりわけ逸三が喜ぶだろう。自分用にも一枚…なに、ほんの子供だましだが、この爽やかな緑いろ、手垢にまみれさせるには惜しいじゃないか。
 この絵は街とじかにつながっている。万博で湧き立つ都の空気がそのまま閉じこめられている。画集も大事だが、これはここでしか手に入らないお宝だ。ものによっては表面がぶつぶつ、キラキラして面白い。

 Une belle avec le boa blanc ferme ses yeux, mais ses prunelles sont peints au revers de la carte, et quand on la regarde par transparence, elle ouvre ses yeuxce truquage lui a plu. Bon, je vais l’ envoyer à ma famille! Surtout Itsuzou, mon fils l' aimera. Et une pour moi aussi, hou hou, c’ est enfantine, mais c’ est dommage que ces nuances de vert seront perdues par des traces de doigts de l’ enfant.
 Cet illustration se lie à cette ville directement. L’atomosphère de EXPO est enfermée ici. Certes l’ album de reprocuctions et le livre sont importants, mais on peut obtenir la carte postale sur place seulement.


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栖鳳手描きの絵葉書*la carte postale que Seiho peignit quand il arriva à Paris


それに、白黒ながら名所旧跡の葉書もいい。建築の細部をスケッチするのは時間がかかる。これなら、風景の色と空気だけをつかまえておいて、あとで絵葉書を手掛かりにじっくり描き起こせる。これは便利だ。

Bien qu’ elles soient en noir et blanc, celles des photos des hauts lieux, elles sont chouettes. La description du detail de l’ architecture, elle prend du temps. Avec l' aide de la carte postale, on n’ a qu’ à saisir les couleurs et l’ atomosphère du paysage sur les lieux et peut compléter le detail par la photo plus tard. C’est utile!


「羅馬古城図」帰国後、絵葉書をもとに描かれたサンタンジェロ城
Castel Saint' Angelo
peint par Seiho (1901)(google search)


パリ滞在の高揚もしだいに静まり、冷たく乾いた朝夕の風に異国を実感し始めていたある日、画家はセーヌにかかる橋の上で、ひとりの尼僧とすれ違った。きらびやかな仏国に住むシスターも、日本の尼とおなじ墨染の衣をまとっている。川端の鈴懸は葉を落とし、細い枝々が軋むような音を立てる。心が疼いた。これが旅愁というものか?不意にふるさとの鴨川端の冬景が、目の前のそれと二重写しになって浮かんだ。ああ、なんと遠くへ来てしまったものか…それでいて、はるかなる鴨川の柳がなんと近くに感じられることか。

Un jour où l’ exaltation de la voyage graduellement s’ apaisait et le vent sec et froid lui donnait la sensation réelle du séjour à l’ étrange, le peintre a croisé une religieuse sur un pont au-dessus de la Seine. Celle à la grande ville est habillée de gris comme celle en Kyoto. Des platanes laissent tomber leurs feuilles au bord de l’ eau, et des branches craquent. Cette scène lui a fendu le cœur. C’ est ça, la nostalgie? Le paysage désolé d’ hiver de la Kamo, il s’ est superposé sur celui de la Seine devant ses yeux. Que c’ est loin, mon pays en forme de libellule! Et pourtant que c’ est proche, l' image des saules pleureurs de la Kamo!!


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La Seine (2004)


仏蘭西の朝橋わたる尼ひとり胸に沈めりセピアいろして


(Une sœur passante le pont au matin en France, dont l’ image a sombré dans mon cœur en sépia.)





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栖鳳が帰国後、鴨川もしくは堀川にセーヌの記憶を重ねて描いた「蕭条」(部分)

La Kamo ou la Horikawa peint par Seiho (detail) (1904) 




修道士の衣をまとふ巴里雀ほほに ● ●(くろまる)無かりしを()


Le moineau parisien vêtu de gris comme un moine, il n’ avait pas de ronds noirs sur ses joues.




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ロンドンの後で訪れたブリュッセル(Bruxellesの絵葉書 (1123日付)
「栖鳳」の署名がある


 画家はパリからロンドンへ向かった。ターナーと並んで画家が親しみを覚えていた美術評論家ラスキンの国。ラスキンはすでにその年の1月に齢八十で他界していた。しかし、ラスキンと交流のあったターナーの絵は、ナショナル・ギャラリーやティト・ギャラリーでいつでも彼を迎えてくれた。画家にとって、絵は言葉よりもはるかに雄弁なものである。ターナーやコンスタブルは物語る、言葉なき詩を。それはどこか文人画のなかの漢詩に似ていた。
 一人の東洋画家として、西洋絵画とじっくり向き合った彼のなかで、何かが動き出した。113、天長節の日付をもつ絵葉書に、彼はこう署名した―「栖」鳳。これまでの「棲」鳳という雅号に、「西」という文字が割り込んだ。「西」洋を知る日本画家、竹内栖鳳が、画家として二度目の産声をひっそり上げた瞬間であった。


 The painter left Paris to London. England, the country where John Ruskin had lived until January 1900. The art critique that the painter respected in advance, whom this Japanese must have met if he had been still alive. But the paintings of Turner, with whom Ruskin had a relationship, welcomed the Japanese painter any time in Tate and in National Gallary of Art. The painting is more eloquent than the word for the painter. Turner and Constable show us the poems without the word. They remind us of the Chinese poem in the literati painting.

 In this Orient painter who took a profound look at the Western paintings, something began to move. On November the third in 1900, he signed on his postcard (Phoenix lives here)”. In his original nom de plume ”(Phoenix lives here)”, a Chinese character 西West has entered. It was the moment when the Japanese-style painter who at last knew Western paintings, gave alone his second cry as a painter.



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鳳」の署名のある絵葉書917日付)

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鳳」の署名のある絵葉書など(11月23日付 部分)


第2回以降は『ももさへづり*やまと編』で連載します:http://ramages3.exblog.jp/
参考文献と図版の出典は「裏返しの絵」(やまと編 7月18日の記事)にあります。

この連載の本文および短歌は、参考文献に基づくフィクションです。

To be continued to Cent Chant d' une Chouette * Nara : http://ramages3.exblog.jp/


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Postcards from Rome (1999) and Kobe (2016)


(All Rights Reserved)


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by snowdrop-momo | 2016-07-24 05:05 | Summer(夏の便り) | Comments(7)
Commented by pikorin77jp at 2016-07-25 08:11
おはようございます。
素敵な絵ハガキですね。
絵ハガキって いいですよね。画家の思いが凝縮された その空気感。あらためて 絵ハガキというものを見直す 素敵な記事だなと思いました。私も 素敵な絵ハガキを見つけて だれかに 出したくなりました。
昨晩 日曜美術館の再放送を見ました。 花森さんの  美意識に ズキュンでした。創刊号の表紙の絵にも 同じくズキュン ズキュン。。。。

こちらのブログでも いつも素敵なものを見せていただいて、、美意識というものを 意識させられます。


チョコレエト一口ふふめばほろ苦く日本男児の舌に溶けゆく

とってもいい歌ですね。

私が 子供の頃 初めてチョコレートを食べた時
たしか幼稚園の頃だったか、、、7つ年上の兄が
『チョコレートは 噛むものではない、口の中で溶かすものだ』  と偉そうに チョコレートを口にふくんで私に教えてくれてたのを 思い出します。^^
Commented by snowdrop-momo at 2016-07-26 05:55
ぴこさま
コメントありがとうございます。メールが普及して、ポストに絵葉書を見つけることも減り…と書いたところで、友人から、文月にちなんだ絵葉書が届きました(記事の最後に写真を追加しました)♪

日曜美術館、再放送も見ました。野菜の写真の表紙に、ぴこさまの籠いっぱいの夏野菜を思い出しました。

おませ(?)な男の子のチョコのうんちく、読んで嬉しくなりました。じつは、金八先生時代の武田鉄矢が「2、3粒で満足」と言っていたのを思い出して歌ってみたのです。オトコ目線の代詠に成功?^^

フランスのブロ友の庭の紫陽花は、まだ鮮やかなブルーです。よろしければ、写真だけでもちょこっと覗いてみられては…Grillon(コオロギ)さんはしおれた植物を撮るのも上手で、日本人の私の方が、枯れた美意識にズキュンとさせられます。
http://doudou.gheerbrant.com/?p=23355
Commented at 2016-07-26 15:43 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by desire_san  at 2016-08-06 09:31 x
いつもながら知性と芸術に対する優れた感性を感じさせる文章を、心地よい気持ちで読ませていただきました。
 京都画壇の俊才、竹内栖鳳は36才で西欧に渡り、ミケランジェロ、レオナード、ラハイル、リウベンス、レンブラント、ウワンダイク、クロードロラン、ダビード、ターナー、コローの絵画を学んでいたのですね。彼の高い感性には強烈な刺激となって、その後の絵画に影響を及ぼしたことが推察されます。パリ滞在の高揚した気持ちを感じさせるエピソードも楽しく読ませていただきました。「棲鳳」の署名のある絵葉書は初めて拝見しました。
 竹内栖鳳は、江戸絵画の様々な流派、水墨画からコロー、ターナーに至るまで様々な技法を試みて新しい表現に挑戦し、また異質の技法を組み合わせて、今まで見たことのないような絵画の画面を創造しました。日本画本来の繊細な美意識と西洋絵画的センスが融合した気品の高さは、岡倉天心を中心とした東京画壇と一味違った魅力を感じます。
 私はフランドル絵画を求めて、オランダ、ベルギーを旅した旅行記を書き始めました。旅行記と言っても絵の話ばかりですが。ポンピドゥー・センター傑作展の鑑賞レポートも書いてみましたので、ご興味がありましたら読んでみてご意見などくださると嬉しい限りです。
Commented by snowdrop-momo at 2016-08-06 20:32
desireさん、ていねいなコメントとTBをありがとうございます。3年前の竹内栖鳳展、desireさんもお越しだったのですね。幅の広い巨匠で、私の手には余るかもしれませんが、じっくり取り組みたいです。折に触れ貴ブログを訪問して、勉強させて頂くつもりです。

ポンピドゥー・センター傑作展の記事はじつは先日楽しく拝読したところです。お言葉に甘えて、さきほどコメントを差し上げました。これからもどうぞよろしくお願いします。
Commented by リュックの友 at 2016-08-07 13:29 x
芸術の香り高い記事の末尾に、へうげた枝パンダの図!竹内画伯もビックリぽん!?
同じ絵葉書でもアンティークな彩画から、キャラクター感たっぷりのコラ写真へ。これも時代の変遷でしょうか〜
Commented by snowdrop-momo at 2016-08-07 21:02
リュックの友さん、キャラ立ちした「たれぱんだ」に今となって懐かしさを感じるように、このコラージュ写真も数十年たてばレトロに思えるかもしれませんね。チョー楽しいコメント、ありがとうございます~♪