ボッティチェリに寄す (À Sandro Botticelli)


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Primavera Botticelli Millenium Calendar 


オレンジの光輪いただくヴィーナスを聖母と見立てむフィオレンツァの春


(おれんじの こうりん いただく ヴィーナスを せいぼと みたてむ ふぃおれんつぁの はる)

(One dares to compare this Venus to Virgin Mary with the nimbus of orange branches in Primavera, Fiorenza.)(2014)(copyright) 



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唇よりあふるる花に苦き根もまじるやどうと春の到れば


(くちびるより あふるる はなに にがき ねも まじるや どうと はるの いたれば)


(Parmides fleurs (poèmes) qui débordent de sa lèvres, des racines ameres se mêlent puisque le printemps s'est précipité en masse.) (copyright)




きられたところから花がこぼれる(八木重吉)

痛みより花がこぼれるものならば歌よ悼む花のごとく咲け


(いたみ より はなが こぼれる ものならば うたよ いたむ はなの ごとく さけ)(copyright)




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La Nascita di Venere Botticelli



薔薇は舞ひ潮騒うたひ金いろの靄のつつめる古代の受洗図


(ばらは まい しおさい うたい きんいろの もやの つつめる こだいの じゅせんず)


Des roses dansent, la mer chante, le bruillard d’or enrobe Baptême de l’antiquité.)(2014)(copyright)




幼女の日しらぬヴェヌスやさざ波の子守唄にまどろむ夜もなく


(わらべの ひ しらぬ ヴェヌスや さざなみの こもりうたに まどろむ よも なく)


Venus, qui ne savait pas son enfance ! Elle n’avait pas la nuit où elle somnolait par berceuses des vagues.)(copyright)





縹のそら青紺藍へうつろひて吐息のごとく浮かぶ夕星


(はなだの そら あお こん あいへ うつろいて といきの ごとく うかぶ ゆうづつ)


Le ciel bleu changeait à violet,azur,et puis la Venus est apparue comme un soupir.(copyright)




春逝きて夏またかへり白たへのレエスのカーテン風をはらみて…


(はる ゆきて なつ よみがえり しろたえの れーすの かーてん かぜを はらみて)


Le printemps est mort, l’été est ressuscité, le rideau blanc s’enfle en dentelle de ma chambre…(copyright)




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by snowdrop-momo | 2015-05-04 10:03 | Spring(春の便り) | Comments(2)
Commented by desire_san at 2015-05-12 13:05
ボッティチェリのPrimavera とLa Nascita di Venereはフィレンツェルネサンスの頂点にかがやく傑作ですね。
ボッティチェリは生粋のフィレンツェルネサンス人で、フィレンツェルネサンスに人生を捧げた人ですね。
フィレンツェで育った多くのルネサンス美術の巨匠たち、マザッチオ、ブルネルスキ、ダ・ビンチ、ラファエロらは、芸術家として成熟すると、フィレンツェの風土と自分たちの目指す芸術のギャップを感じて、フィレンツェを去ってしまいましたが、ボッティチェリだけは、フィレンツェの画家でありつ続けました。そんなことも思ってこの二つの傑作を改めてみると、まさにフィレンツェ美術の頂点に君臨する作品だと強く感じます。
Commented by snowdrop-momo at 2015-05-12 17:18
desireさん、お越しくださってありがとうございます。ボッティチェリがフィレンツェを去っていれば、晩年にまた違った作品群が生まれたかもしれませんね。けれども彼は、誰よりもフィレンツェに愛された画家だったのでしょう。この二枚の絵がそれを雄弁に物語っている気がします。