天使と金髪のステファニア

金髪のステファニアは、フィレンツェの宿に風のように現れた。石造りのロビーがぱっと花が咲いたように明るくなった。
フィレンツェ郊外に生まれ育ち、大学でイタリア彫刻史を学んだ現地ガイド。奈良育ちで仏教美術を勉強していた私とは興味の方向が似ていた。二人ともインド美術やプルーストが好きだった。イタリアの詩人について尋ねると、ダンヌンツィオやパスコリを勧めてくれた。
トラットリアでの夕食後、サンタ・マリア・デル・フィオーレに寄り道し、洗礼堂や鐘楼ともども解説してもらった夜は忘れがたい。長身を折り曲げるようにして語る熱っぽい声に、冷たい夜気も忘れてしまった。
八角堂は彼岸のかたちと聞く夜の石畳に舞ふ紙屑しろし
(はっかくどうは ひがんの かたちと きく よるの いしだたみに まう かみくず しろし)

サン・ミニアート・アル・モンテ教会の、真珠のような美しさを教えてくれたのも彼女だった。冬の夕暮れ、白と黒緑のシンプルなファサードが深い水色の空を切り取り、輝きはじめた月が寄り添っていた。
細密な象嵌をほどこした大理石の床を見ながら、インドのタージ・マハルの話をした。17世紀のアグラで王の愛妃のための墓廟が建造されたとき、イタリア人貴石工も参加していたという。純白の墓を彩っていた色とりどりの石の花と、この教会の石の獣たちとは、どこかでつながっているのかもしれない…暗い堂内に二人の声と足音だけが響いていた。

ステファニアの家は郊外の丘の中腹にある。彼女の運転する小さな銀色の車で、フィエーゾレに出かけたとき、遠い丘を指さしてそう教えてくれた。古代の劇場跡を歩く彼女は、ボッティチェリの描く春の女神めいている。真冬だというのに、足元の緑の草にはひな菊がぽつりぽつり咲き、透明な陽射しにオリーブの葉がきらめく。
その銀色を帯びた緑の小枝を、彼女は手折り、差し出した。光をなくした夕空のようなピエトラ・セレナのかけらを拾い、手にのせてくれた。広い劇場に私たちのほか人影は見えず、風が通り過ぎるばかり。俳優の代わりに小鳥たちが、澄んだ歌声を響かせていた。

あの「プリマヴェーラ」を描いたボッティチェリも、ここに来たことがあるのだろうか。そういえば、画家の生涯を描いた小説『春の戴冠』では、フィエーゾレの風景がくり返し描かれていた。ボッティチェリが冬晴れの古代劇場を歩く場面もあったはずだ。
「森のなかを抜けると、丘は北に向って急な下りとなっていて、糸杉に囲まれたその斜面に美しい古代ローマの円形劇場がひらけていた。(…)午後の太陽はいくらか光を弱めた感じだった。山々の遠くに銀白色に冷たく光る雲がゆっくりと動いていた。時どき石の角をかすめた風が、息をつくような音を立てた」(辻邦夫『春の戴冠』新潮社)

遺跡を一回りしてから、丘を登り、フィレンツェの方角を眺めた。雲ひとつない青空は、強い陽射しに白っぽく霞んでいる。ゆるやかな丘陵の懐に抱かれた町は、銀色の小石の列のよう。大聖堂のクーポラも逆光に青ざめ、銀灰色のシルエットがかすかに見分けられるだけだ。ふり返ると、小さな修道院がひっそりと佇んでいる。

「丘の斜面には、いたるところにローマ時代の柱頭や大理石台座や彫刻の破片が半ば土に埋れていた。季節はずれのせいか、尖った丘の頂上に黄褐色の壁に囲まれた小さな修道院が見えるだけだった。」(同上)
訪れる人もない教会に近づいてみたが、入り口は閉ざされている。戸口の上に聖母子像が浮彫りされ、その左右に絵姿の天使が跪いていた。

『春の戴冠』を書いた作家は1996年の夏に逝った。しばらくして、彼の著作が京都の書店に平積みにされた。そのなかでほのかな光を放つように、ひときわ美しい本があった。青い夕空に森のシルエットが浮かび上がり、金色の野の花がいちめんに散らばっている。ぱらぱらと頁をくると、こんな言葉が目にとまった。
「私ね、息がつまりそうなほど、沢山の素晴らしいものに囲まれているのが感じられるんです。家や、庭や、早春の気配や、青空や、遠くの光や、赤く煙っている木立や…」
語り手はシモネッタ・ヴェスプッチ。「春」や「ヴィーナスの誕生」のモデルと言われる貴婦人、la bella Simonetta(美しきシモネッタ)である。彼女の言葉は、作家がさまざまな著作のなかで、さまざまな登場人物を通し繰り返し綴ってきたメッセージでもある。
今は亡き二人の作家、須賀敦子と辻邦夫への思い。旅の初めと終わりを彩ってくれた二人のステファニアの記憶。カラヴァッジォの天使とフィエーゾレの天使は、それを静かに見守っている。
(1999,12,25)
二人の会話より
レオナルドが好き、でも部屋にはボッティチェリ飾るわと言うフィオレンティーナ
(れおなるどが すき でも へやには ぼってぃちぇり かざるわ という ふぃおれんてぃーな)
レオナルドを書斎に掛けてボッティチェリは居間で誰かと語らい眺めん
(れおなるどを しょさいに かけて ぼってぃちぇりは いまで たれかと かたらいながめん)

