天使の歌声

ヴェネツィアで合流した友人がパリに旅立ち、ふたたび一人で迎えた待降節の日曜日。私はサンタ・マリア・デル・フィオーレ(大聖堂)のミサに出かけた。朝のミサの開始五分前、ダウンジャケット姿の中年夫婦や、毛皮を着こんだ老婦人などが集まって来る。けれども、いつも出入りしている正面口は、錠が下りてびくともしない。やがて、向こうにミサ用に入り口があるという声。
10時半の鐘を鳴らす鐘楼の脇を抜け、小さな戸口をくぐると、いきなりオルガンの大音響に包まれた。クーポラの右手の祭壇にろうそくの灯がともされ、礼拝用の長椅子が人々で埋まってゆく。老人、青年、母親に連れられた男の子。真冬に石造りの堂にこもるというのに、ワンピースにストッキングの女性もいる。西洋人は皮下脂肪の層が我々より厚いというのは本当だろうか。

ヴォールト天井の下にステンドグラスが輝き、白い花を盛った花台が釣り燭台に照らされている。
まもなく祭壇の右手から歌声が聞こえてきた。小さなパイプオルガンの脇に20人ほどの合唱隊が並び、讃美歌を歌っている。セーターやジャケットなど服装はまちまちで、おかっぱの女性が指揮棒も使わず、ふくよかな手をおおらかに動かしている。
やがて、紫や赤の式服に身を包んだ司祭たちが、燭台や聖具を捧げて入場してきた。一人が左手の壇上に立ち、説教を始めた。あいまにオルガンと讃美歌が入り、ときには参列者も起立して合唱に加わる。歌声に包まれながら、改めて堂内を見渡す。クーポラにヴァザーリの天井画があるほかは、白と灰青色でまとめられたシンプルな設計だ。

興味深いことに、1436年の献堂式には、聖堂の内装の各部の比率を旋律に織り込んだ歌がうたわれたという。フランドルの作曲家、ギョーム・デュファイ(Guillaume Dufay)が捧げた「みずみずしい薔薇の花よ(Nuper Rosasum Flores)」である(♪)。シエナの大聖堂などと比べ質素に見えるこの内部空間には、じつは音楽的な調和が秘められていたのだ。
いつの間にか、長椅子の後ろに遅れて来た人々が並んでいる。近くの青年に場所を空けようとすると、にっこり笑ってかぶりを振る。すぐに出るつもりなのかと思っていると、ずっと両手を組み合わせ、跪いたままだ。

ときおり司祭がゆるやかな節をつけて聖句を歌う。サン・マルコ修道院で見たネウマ譜の四角い音符が立ち上がり、音になって蘇えるのを見る気がする。合唱団がこれに応える。楽譜を彩る天使たちの歌声もこんなだろうか。
チリリリンと祭鈴が鳴る。仏教の金剛鈴の鋭い響きや、僧侶たちの朗々とした歌声が思い出される。東大寺の境内をうねるように流れる仏教歌は、この司祭の歌声とよく似ていた。男声だけの単一の旋律。ラヴェンナのモザイクの青年僧めいた天使たちに似合いそうだ。
ふたたびオルガンと合唱が始まり、参列客が近くの人と握手を交わす。異邦人の私にも、おじさんの骨ばったたくましい手や、おばさんのぷっくりした手が差しのべられる。合唱隊は「神の子羊」を歌い続けている。
オルガンがやむと、鐘楼から11時半の鐘の音が響いてきた。

ミサの余韻を胸に、ウフィツィ美術館の天使たちに会いに行った。フラ・アンジェリコの「聖母の戴冠」が輝くような色彩で出迎えてくれる。ヴェロッキオの「キリストの洗礼」のなかで跪くレオナルドの天使に、朝のミサの青年を思い出す。レオナルドの天使は少年にも少女にも見えるけれど、濡れた瞳の光は大人びている。深い知性が、心をもたぬはずの青衣の襞にまでしみこんでいるかのような存在感。その肩に翼がないことに気づくのは、しばらく経ってからだ。

一方、フィリッポ・リッピやその弟子のボッティチェリの天使は、フィレンツェの街で見かける少年たちを彷彿とさせる。たとえば「柘榴の聖母」の天使たち。それぞれに悩みも欠点もありそうな少年たちが、ひととき天使に扮して澄ましているかのよう。
この絵が描かれたころのフィレンツェでは、祭日ごとに、街の人々が聖母や天使に扮して宗教劇を催していたらしい。天使の絵葉書を片手に、20世紀末の街へ、モデル探しに戻ってみようか。

待降節の週末の雑踏をかき分けて、サン・ロレンツォ教会へ向かった。ポスターによれば、今日の夕方から、地元の小学生によるコンサートがあるはずだ。教会の扉を押し開けると、灰青色の列柱がいつものように迎えてくれる。礼拝席は常ならぬ熱気に包まれ、出演者の家族らしき大人たちが、ビデオやカメラを手に開幕を待ち受けている。
やがて、おそろいの黒のマントに、赤いマフラーの子供たちが登場した。ほの暗い堂内がぱっと火がついたように明るくなった。幼稚園を出たばかりのような小さな子もいれば、チェロやヴァイオリンを手にした背の高い子たちもいる。
黒服の女性教師の指揮に合わせ、三十人余りの子供が歌い始めた。まだ口の回りにくそうなおちびさん。ポケットに両手を突っこみ斜めに構えながらも、口だけはしっかり動いている男の子。家族が気になるのか、よそ見をしている金髪の少女。どの子も彫りが深く、見事にカールしたまつ毛をしている。ちょっと翼をつけてやれば、ウフィツィの絵のなかに紛れこんでしまいそうだ。

歌っているのはヨーロッパ各地のクリスマス・キャロル。どれもおなじみの曲らしく、隣の眼鏡の少女も小さく口ずさんでいる。一時間足らずでプログラムは終わり、家族や友達のあたたかい拍手が石造りの堂内に響きわたった。どの子供もほっとした笑みを浮かべ、友達とささやき合ったり、母親に手を振ったりしている。
隣の席の少女が、どうだった?と微笑みかけてきた。知らない曲があったので尋ねてみると、自分の持っていたプログラムをくれた。家にもう一部あるからいいと言う。そして、
"Buon Natale(素敵なクリスマスを)"と白い手が差しのべられた。ひんやりやわらかな握手だった。
(ブォン ナターレ)
(1999,12,19)
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