石の都の天使たち2

フィレンツェの街を歩くと、たいていの建物の壁はクリーム色をしている。この石はジャッロ・ディ・シエナ(giallo di Siena)(シエナの黄色)と呼ばれる。もっと古い建築、パラッツォ・ヴェッキオやピッティ宮などには褐色の石が使われている。こちらはピエトラ・フォルテ(pietra forte)(固い石)、外からの攻撃に強い。
床石には、今も昔もコットという赤い石を使う。現地のインテリア雑誌をめくると、床石の広告が結構ある。オニサンティ教会の片隅で、赤いコットの床に白い円形の石を嵌めこみ、青と黄で家紋を表わしたものを見た。ボッティチェリとその一族の墓所だった。

ピエトラ・フォルテやコットとは対照的に、もろく、柔らかいのがピエトラ・セレナ(pietra serena)(晴天の石)。空色というよりも、青みを帯びた灰色の雲を思わせる美しい石で、室内装飾によく用いられる。アルノ川沿いのモザイク屋さんが言うことには、フィレンツェ近郊のどこを掘っても、この石の鉱脈にぶつかるらしい。
隣町フィエーゾレの古代劇場跡で、ピエトラ・セレナのかけらを拾ったことがある。でこぼこの砂岩の肌はいかにも傷みやすそうで、光にかざすと、雲母らしき銀色の粒がちらちら光る。断面を見ると、薄い層が何層にも重なってパイ皮のよう。これらの層に沿って少しずつはがれてゆくのだろう。

Fiesoleで拾ったピエトラ・セレナとオリーヴの枝
メディチ家の菩提寺サン・ロレンツォ教会に入ると、灰青色のアーチが祭壇までまっすぐに続き、清々しい。ドゥオーモのクーポラを設計した、ブルネレスキのデザインである。中庭回廊の手すりにも使われているが、屋外にあるせいか、ところどころうっすら雲形にはがれている。
中庭から図書館へ続く階段はミケランジェロが設計したものだ。青みを帯びた石の色と、浜辺に打ち寄せる波のような曲線とが美しく調和している。同じく彼が設計した図書館のなかでも、付柱や窓枠にこの石が使われている。ここで飴色の木の書見机に腰を下ろし、写本などを開けば、メディチの時代に迷いこんでしまうかもしれない。中庭から聞こえてくる小鳥の声。職員の女性がそっと口笛でさえずり返していた。

サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場(Piazza della Santissima Annunziata)も印象深い。半円アーチ形のアーケードが広場を囲み、修道院の中庭を解放したかのよう。とりわけ有名なのが、ブルネレスキによる東側の柱廊である。アーチと円柱にピエトラ・セレナが使われ、スパンドル(アーチとアーチの間の小壁)に、赤ん坊をあしらった陶板メダルが並んでいる。青空とピエトラ・セレナの灰青色とメダルの空色がブルーのシンフォニーを奏で、赤ん坊が天使のように舞う。

それから、サンタ・クローチェ教会の隣にひっそりたたずむパッツィ家礼拝堂。ここも晴天の日が美しい。クーポラにうがたれた小さな円窓から陽光が射しこみ、白壁や灰青色のアーチに円い光を点々と落とす。空色地の陶板メダルのなかに、キリストの使徒たちが浮彫りされている。雀のさえずりに包まれた小さなお堂。しずかな明るさに満ちた時間が流れてゆく。

とりわけなつかしいのは、メディチの館を改装した宿のロビーにあったピエトラ・セレナの壁龕。灰青色のアーチに黒いブロンズ像がよく映えた。食堂の天井は石の代わりに、同じ色のフレスコ彩色で飾られていた。いわゆるトロンプ・ルイユ(Trompe-l'œil、騙し絵)である。

一日が過ぎ、黄昏のなか帰途につくと、街角の壁龕で、青い天使たちが街灯を捧げ持っている。ガラスのランプのほのかな光は、天使探しの道しるべのようだった。
(1999,12,11)

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