石の都の天使たち1

花の都フィオレンツァ(フィレンツェ)を訪れたのはクリスマス前の十日間だった。冬のさなかだったせいか、石の都という印象が強い。フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から褐色の石壁沿いにしばらく歩き、右に折れると、真っ白なファサードが目に飛びこんできた。
白と黒緑の大理石を、寄木細工のように組み合わせた優美なデザイン。駅の名前にもなっている、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(St. Maria Novella)である。14世紀の煉瓦造りの説教堂に、15世紀の建築家アルベルティによるファサードが加えられた。あいにく修復中で入れない。
教会から数分で、予約しておいた宿に着く。メディチ家の館を改装した小さなホテルだ。宿の玄関に、メディチ家の家業を表す薬粒の紋章の浮彫りが見える。

フィレンツェ一華やかな大理石建築は、何といってもサンタ・マリア・デル・フィオーレ(フィレンツェ大聖堂)(St. Maria del Fiore)(1446年着工)だろう。とりわけブルネレスキが築いたクーポラ(丸屋根)は街のシンボルとして名高い。
白、黒緑、ばら色の三色の大理石で覆われた外装は、さながら精巧な石のレース細工だ。白はミケランジェロが好んだカッラーラ産、緑はプラート産、ばら色はマレンマ産だという。

扉の上から、浮彫りの聖母子像がこちらを見下ろしている。左右には天使が二人、敬虔に跪く。白い衣に黒緑の翼、限られた色のとり合わせがかえって清々しい。不意に天使が飛び立った気がして目を凝らすと、灰色の鳩が羽ばたいている。隣りの鐘楼に登ると分かるが、大聖堂の壁面に並ぶ黒緑の長方形文様が、鳩の休み場になっている。それらの四隅に、鳩がすっぽり入れるくらいの穴が開いているのだ。

鐘楼も三色の大理石で彩られているが、ばら色が多く印象がやわらかい。朝夕の光に照らされると、塔全体がばら色に染まり中空に浮かび上がるように見える。デザインの一部を手がけたのは、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の画家、ジォットである。ヨアキムに向かって舞い降りる天使のばら色の翼が、大理石のばら色に重なる。

同じ広場に、ロマネスク様式の八角堂がある。街の守護聖人ジョヴァンニに捧げられたこの洗礼堂は大聖堂よりも古く、ダンテもここで洗礼を受けた。
中に入ると、白と黒緑の壁面の上に、ビザンティン風の黄金モザイク画が広がっている。そこに天使が16人、位階順に勢揃いしていた。どの天使も固い表情でかしこまっている。


大聖堂、鐘楼、洗礼堂という三つの大理石建築が街の中心になっており、とくにクーポラは道に迷った時の目印になってくれる。下町の路地の向こうに、橙色のクーポラと緑褐色に変色した壁面を認めるたびに、フィレンツェの素顔を見たような気がした。
(1999,12,10)

フィレンツェの大理石建築といえばもうひとつ、街外れの丘に立つサン・ミニアート・アル・モンテ教会も素晴らしい。アルノ川のほとりから緑の丘を望むと、ポツンと白い小石をはめこんだように見える聖堂である。
ミケランジェロ広場から黄昏のフィレンツェを眺めた後、南の丘へ足をのばすと、この教会が夢のように現れた。濃紺の夕空を白いファサードが切り取り、ふくらみかけた白い月がかたわらに浮かんでいる。白地に黒緑の幾何学文様の建築は他にもあるが、こんなに清らかな美しさをたたえたものはない。洗礼堂より愛らしく、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会よりも簡素なたたずまい。ルネサンスの都にロマネスクの花が一輪、咲き残っていた。
(1999,12,17)



