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天使の翼(ピエタ)

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Pietà

Michelangelo,St.Peter’s Basilica, Vatican City Wikipedia



(「天使の翼(最後の晩餐)」より続く)

 ケヤキ並木からしずくが滴り落ちるなか、スフォルツェコ城に向かった。広い城内に、ミケランジェロの最後のピエタがある。戦前まではローマのロンダニーニ宮に伝えられ、「ロンダニーニのピエタ」と呼ばれる作品だ。このピエタの場所が監視員にはよく知られていないらしく、数人がかりで案内してくれた。

 ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂で見た、同じ彫刻家のピエタとはまったく違う。若きミケランジェロが磨き上げた聖母の肌はなめらかに輝き、美しい乙女が憂いに沈んでいるようだったが…


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Pietà Michelangelo,St.Peter’s Basilica, Vatican City




 ロンダニーニのピエタでは、聖母の顔は粗削りのまま残されている。かろうじて見分けられるのは、すんなりした鼻や丸い瞼のふくらみ、小さな口元だけだ。けれども哀しみはいっそう深く、切々と伝わってくる。
 聖母の頭やキリストの胸に残る無数の鑿痕。彫刻家の息遣いが耳元に聞こえてきそうだ。システィーナ礼拝堂の天井画にみなぎっていた、壮年のミケランジェロの精気とは違う。もっとひそやかで弱々しく、しかも異常な緊張に満ちている。
 
 ふと思い出されたのが、ある種の仏像だ。日本の仏像には、鑿痕を残したり、髪や目を完成させずにおく独特の手法がある。一説には、霊木から今まさに仏が姿を現そうとする瞬間を表現しているという。このピエタもまた、固い大理石から血の通った人間が生まれつつある瞬間に見えてくる。
 むろんミケランジェロは、二人にもっと生々しい肉体を与えるつもりだった。比較的彫り進められた、キリストのしなやかな両脚からもそれが分かる。けれども、未完成だからこそ、母と子は一つの大理石のなかで文字通り溶け合っている。他ならぬピエタが遺作になったのは必然だったかもしれない。一体化した肉体のテーマとして、母子の絆ほどふさわしいものがあるだろうか



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 帰り際、戸口でふり返り、息をのんだ。真横から見た大理石が、巨大な翼のような弧を描いている。まるで大天使が、この母子を抱きとり、包みこんでいるかのようだ。天使が見下ろしているのは、人間の哀しみ―二人の巨匠の手になる、深く静かな哀しみかもしれない。

(1999,12,9)









by snowdrop-momo | 2009-12-09 22:30 | Italia(北イタリアの待降節) | Comments(0)