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ガラスのクリスマス2

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 晴れた午後、私は一人でサンティ・ジョヴァンニ・エ・パウロ教会(Santi Giovanni e Paolo)へ向かった(ジョヴァンニという名はヨハネをイタリア語読みしたもの)。ゴシック様式の教会に、ムラノ島の職人が作った15世紀末のステンドグラスがあるという。その窓が自然光に透けるさまが見たかった。
  賑やかななリアルト橋から案内板を頼りに歩いてゆくと、しだいに信仰の気配が濃くなってゆく。古びた建物の壁に屋根つきの壁龕がもうけられ、修道士の石像が幼子を抱いている。誰が手向けたのか、薄紅色の百合がかすかな香りを放っている。
 赤煉瓦の橋を渡りきると、聖母マリアを浮彫りしたアーチに出迎えられる。狭い路地だがこちらで間違いなさそうだ。十分も歩いたところで小さな広場(campo)に出た。



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 野菜を売る屋台が見え、少し離れたところに、小さな石造りの井戸が立っている。地下水を使えないヴェネツィアではかつて、濾過した雨水を井戸に溜めていたという。近づいてみると、花輪を担いだ愛らしい天使が浮き彫りされている。


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 天使たちに導かれるように教会の扉を開けた。奥に青や黄の光がぼんやり浮かんでいる。午後の陽差しに、アーチ形のステンドグラスがひとつ輝いているのだ。澄みわたった青を基調に赤、緑、紫、黄色のガラスのなかから、聖人や騎士の姿が浮かび上がる。ゴシックの四つ葉形のなかには、ラヴェンナで見た有翼獣(福音書記者の象徴)の姿が見える。ここでも聖マタイは天使に似ている気がした。
 ふり返れば、壁に落ちる虹色の光。太陽が傾くにつれゆっくりと移りゆくさまは、さながら聖なる万華鏡… 


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 主祭壇のそばにあるマリア像の前で、若い女性が一人跪いている。時折そっとハンカチで目元を拭う。長い金褐色の髪が揺れ、白百合の花びらにかすかに触れる。目をそらしつつ、大天使ガブリエルの横顔だと思った。教会の入口で仰いだジョヴァンニ・ベリーニの祭壇画。向かって左上に、白百合を手にした、ガラス細工のように繊細な天使の横顔が見える。その横顔をもつ女性は、けれど、そのことを知るよしもない。



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 ジョヴァンニの名前を持つ教会を後にし、カムパネルラを探してガラス店をめぐる。黄昏が下りてきて焦り始めたころ、街角のひっそりした飾り窓に、食卓用の小さな鐘を見つけた。深い藍色は早朝のアドリア海の色。繊細なガラスのつまみは、白い泡に包まれた金色の魚のかたち。


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               アドリア海の朝(鐘)と昼(香水瓶)

 ここには魚の形をした都、ヴェネツィアの朝が閉じこめられている。人影のないサン・マルコ広場を横切ると、鐘楼から七時の鐘の音が落ちてくる。光が差しこむ前の深く冷たい水の青。竹箒を手にした清掃人が白い息を吐きながら一人、また一人と姿を現す。
 そんな風景に重なるように浮かんできたのが、カムパネルラ(Campanella)が沈んだ水の色と、銀河鉄道を横切ってゆく「桔梗いろのがらんとした空」だった。


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朝の海


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                        昼の海


San Giorgio Maggioreの鐘楼より雪のAlpiのティアラを抓む


(サン ジョルジョ マッジョーレの しょうろうより ゆきの アルピの ティアラを つまむ)


Let 's pick up the tiara of the snowy Alps with our fingers from the campanile of San Giorgio Maggiore.



 夕刻、ホテルの扉を開けると、甘い花の香りが顔を打った。ロビーのここかしこに、白百合があふれんばかりに生けられている。扉のそばに大きなクリスマスツリーも見える。レセプショニストもメイドもいそいそと、丸いオーナメントや、金色のリボンを枝に結わえつけている。


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 そして翌朝、サン・マルコ広場の鐘楼(campanile)はひときわ高らかに時を告げた。高みから、華やかな和音に飾られたあかるい旋律が降りそそぎ、やむことを知らない。いつもとは明らかに違う音楽的な鐘(campane)。
 今日は12月8日、無原罪お宿りの日だ。聖母マリアが原罪なくして母アンナの胎に宿ったというカトリックの祝日。美しい鐘の音はマリアの汚れなき美しさを謳いあげている。昨日、街角や教会、ホテルで見た百合の花もマリアに捧げたものだったに違いない。

(1999,12,7-8)


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(2015年撮影)












by snowdrop-momo | 2009-12-08 10:21 | Italia(北イタリアの待降節) | Comments(2)
Commented at 2014-12-29 07:24
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Commented at 2017-01-22 21:34 x
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