プルーストのヴェネツィアを求めて(À la recherche de Venise de Proust)

マルセル・プルーストも訪れた老舗のカフェ・フローリアンは、サン・マルコ寺院から歩いて三分もかからない。彼の時代の内装をそのまま伝える店内は、いくつかのコンパートメントに分かれている。案内された禁煙席は、色鮮やかな壁画に囲まれていた。正面の壁から、黄色い衣裳の天使が微笑みかけてくる。窓の向こうにサン・マルコ広場と、寺院の一部が見える。柱廊に吊るされた紫ガラスのランプは、ジョヴァンニ・ベッリーニというヴェネツィア派画家の絵にある形だ。なんだか、汽車の車窓を眺めながらタイムスリップしたかのよう。

やがて、車掌の検札の代わりに、蝶ネクタイ姿のカメリエーレがやって来た。カフェ・ラッテを注文すると、ポット入りのミルクにコーヒー、それにガラスの水差しが、銀製の盆で運ばれてくる。店内を見回せば、色んな国の観光客が軽食をつまんでいる。ほの暗い通路を通して、よそのコンパートメントのフランス語も聞こえてくる。今にも大きな目をしたプルーストが、ため息混じりにさまよい出てきそうだ。彼は蜂蜜をかけたアイスクリームを食べたのだっけ。

潮の香を感じながらため息橋を過ぎ、波止場沿いのホテル・ダニエリ(Hotel Danieri)へ足をのばした。プルーストが泊まったという説もある、ルネサンスの商館(fondaco)を改装したホテルだ。中へ入ると、かつての中庭(patio)は吹き抜けのロビーに変わり、大理石の床とペルシア絨毯に覆われている。壁や柱にも大理石がふんだんに使われ、レースのような浮彫りが華やかだ。

最上階の窓だけが白い縁取りもなく質素なのは、使用人が住む階だったからという。家族や客人のための空間には豪華な装飾を施しながら、切りつめるべきは切りつめる、という商人魂が感じられる。宿泊客でもないのに、ついゆっくり眺めてしまった。見学と撮影を快く許してくれたホテルのフロント係にお礼の挨拶をして、再び波止場へ出た。
(1999.12.2)

大理石の床とペルシア絨毯の下にパティオの泉の記憶
(Under the persian carpet and the marble floor,sleeps the memory of the fountain of the patio.)

プルーストもマンも描きし母子の旅 ヴェニスに路傍の聖母の多き
(Both Proust and Mann described the voyage of a mother and her child in Venice,where you often find the images of Vergins by the wayside.)
マルセル・プルースト「逃げ去る女」『失われた時を求めて』(1927)
トーマス・マン『ヴェニスに死す』(1912)


