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モザイクの時間(天使と飛天が出会う街1)

 翌朝は早く目が覚めた。ホテル一階のカフェで朝食。パン、クラッカー、ラスク、バター、ジャムが籠に入って出て来る。オレンジジュースは絞りたて、小ぶりのポットのなかで泡立ったミルクが湯気を立てている。向うの席で、大柄な男性がイタリア式の朝食を摂っている。コーヒーと砂糖ごろものクロワッサンが一つだけ。窓の向こうに、小さなブティックのショーウィンドウが見える。少女が一人立ち止まり、マネキンの帽子やコートを眺めている。

 ホテルを出ると、いちめん乳白色の曇り空。寒々とした耕作地帯をバスで行くこと二十分、平原の真ん中にぽつんと、レンガ造りの聖堂が見えて来た。ひとりバスを降りると、最近植えたばかりのひょろひょろした松並木の先に、飾りけのない聖堂がたたずむ。サンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂(Sant' Apollinare in Classe)。街の守護聖人アポリナリスの名を冠した、六世紀半ばのビザンティン聖堂である。


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by ED.A.Longo snc

 開場時間の九時を十分ほど過ぎてようやく扉が開いた。堂内は薄暗く、左手には足場が組まれていて、ここでも修復作業が行われているらしい。重厚な列柱のあいだを歩いてゆくと、アプシス(後陣)のモザイク画が近づいてくる。右手に置かれた箱型の機会に500リラ硬貨を入れると、黄色味を帯びた光が灯った。
 金色の天空と緑の野原が、ルネッタ(半円形の壁)いっぱいに浮かび上がる。天空に円くはめこまれた青空から、キリストがこちらを見下ろしている。野原では、使徒を表す子羊らがキリストを見上げ、聖アポリナリスが祈りを捧げている。すべては、テッセラという四角いガラス片からできている。


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by fotometalgrafica bologna (postcard)


 緑ガラスの野原にあふれるのどかな光。ひな菊や白百合、赤い野花がいちめんに咲きみだれ、木々の間を野鳥が飛び交う。野原の緑には、濃淡さまざまな青、茶、黄のテッセラが入りまじり、緻密な西陣織のよう。
 これとよく似た絵がローマのマッシモ宮博物館にあったのを思い出す()リヴィア邸の壁画が館内の一室にそっくり移されていた。部屋に入ると、柘榴やオレンジの木、野薔薇、たんぽぽ、アネモネ、色とりどりの小鳥たち―あの古代ローマの春風が、五百年の時を越えて、このモザイクの野にも吹きわたっている。 

 ひとつ違うのは、この野原が庭園ではなく、天の園であることだ。天国を象徴する花々、使徒を表す子羊や聖人が神聖さをかもし出している。


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by ED.A.Longo snc (postcard)


 聖堂の十時の鐘を背中で聴きながら市街へ戻り、ネオニアーノ洗礼堂(Battistero Neoniano)へ向かう。こぢんまりした八角堂で、創建は五世紀にさかのぼる。
 一歩中に入ると、しんとした夜空に迷いこんだ気がした。狭い堂内のいたるところに、濃紺のテッセラが敷きつめられている。壁の下方のものは手で触れることが出来るほど近い。ガラスの断片が歩くにつれてキラキラ光る。紺一色のなかにも濃淡があり、仰ぎ見ると満天の銀河のよう。 夜空に輝く月と見えたのは、金色地の洗礼図。色さまざまなテッセラを巧みに組み合わせて表されたキリストの裸体が、青い水を透かしてしなやかに揺れる。天上を昼から夜へめぐってきたかのような遥かな気持ちに包まれる。
(1999,11,30)


 

金いろの光えてよりラヴェンナの花の草原天に昇れり

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by snowdrop-momo | 2009-11-30 19:31 | Italia(北イタリアの待降節) | Comments(0)