天使の家

 ”Do you believe in God ?”
 ぎこちない英語の質問。ここはカトリックの尼僧が経営している宿、いまは夕食の時間だ。がっしりとした血色のいいシスターが、泊り客用のテーブルに次々と料理を並べてくれる。
 前菜にはスープ、プリモ(一皿目)にパスタまたはピッツァ、セコンド(二皿目)に肉料理か魚料理。付け合わせにグリーンサラダとふかふかのパン、ドルチェ(デザート)には真っ白なモツァレラチーズの塊、クリームチーズ、果物。これで1,5000リラ(約1200円)とは良心的だ。今日はスープにカッペッリーニが浮いている。天使の髪の毛ともいわれる細麺パスタが胃にやさしい。食卓には色さまざまな髪の女性旅行者たち。この宿には、原則として26歳以下の女性しか泊まれない。

 旅の情報を交換するにぎやかな空気に誘われ、つい輪に加わるうちに、打ち解けてきたのだろうか。私を見つめるシスターのまるい頬に笑みが浮かび、つぶらなハシバミ色の瞳が輝いている。黒いセーターに真っ白なエプロン。ベールもつけず、短く切りそろえた褐色の髪。明るく歯切れのいい声色。どこを押してもローマ下町の気さくなおばさんだ。
 けれど、白いエプロンの胸で銀の十字架がきらりと光る。食堂の飾りけのない白壁にも、木の十字架が掛かっている。そういえば、ドミトリーや居間のそこここにも、聖母子像やローマ法王の肖像画がさりげなく置かれていた。中庭の茂みの蔭には、聖母マリアの石像がひっそりと立っている。

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中庭で


 たしかに私は天使を探しに来ているのだけれど、天使と同じくらい飛天も好きだ。聖書も読んでみたけれど、仏教の経典にも心惹かれる。私なりにシスターに答えるとしたら…
「なにかひとつの尊いものが私たちを見守っている、そのことは信じています。それがキリストなのか、仏陀なのか、あるいは自然そのものなのかは分からないけれど、なにかひとつのものは存在するのではないでしょうか」
 英語があまり得意ではなさそうなシスターに、イタリア人旅行者が通訳してくれた。最後まで聞き終えたシスターはにっこりと頷いた。

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シスターの執務室(壁の写真は当時の法王ヨハネ・パウロ2世)


 やがてローマを発つ朝がやって来た。レセプションの当番は、あのまるい頬のシスターだ。目が合うや何か早口で話しかけてくる。まだ慣れないイタリア語に考えこんでいると、両手を合わせて頬に当て、目をつぶり口を開けて見せる。「よく眠れた?」というジェスチャーだ。尼僧らしからぬお茶目な仕草に笑いがこみあげてくる。
 「食事は美味しかったし、お庭もお部屋もきれいで快適でした。本当にありがとう」
 するとシスターはいたずらっぽい笑みを浮かべ、両手で自分の胸を叩いてる。数秒、ぽかんとしてからひらめいた。
「私たちのことは気に入った?」
そう言いたいのだ。次の瞬間、私はシスターの首に両腕を回し、抱きついていた。二人の頬があたたかく触れ合う。ほっぺとほっぺのキス、心がひとつに溶け合うのが分かる。(ハグという言葉はまだ知らなかったけれど)

 玄関の扉を押して舗道に降り立ち、ふり返ると、表札に”CASA”という単語が入っているのに気づいた。カーサ、家、その通り、なんて家庭的な宿だろう。
 毎朝七時の鐘の音とともに、中庭に通じる戸の鍵を開けてくれたおばあちゃまシスター、テイクアウトの冷めたピッツァを、奥のキッチンの電子レンジで温め直してくれた無口な若いシスター、私たちを九時に追い出した後、部屋を掃除し、ベッドメイキングしてくれた小太りのシスター。そして目の前の…。日曜の夜には全員でテレビを囲み、ロザリオを鳴らしながら鶏のように賑やかに笑いこけていたっけ。
 そうだ、彼女らこそ、巨大な古都の真ん中で神の家に私たちを迎えてくれた、本物の天使ではないか。

(1999,11,29)










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by snowdrop-momo | 2009-11-29 18:33 | Italia(北イタリアの待降節) | Comments(2)
Commented by mahoroba-shahai at 2014-11-05 09:43
おはようございます。

snowdropさん、ブログを順調にアップしていますね。
また、まめに写真などをストックし、それを有効に使っていて、
感心しています。

この自画像?は、画像処理したんですか?
それとも、写真を貼り付けたんですか?

また、お邪魔しますので・・・・・・・

Commented by snowdrop-momo at 2014-11-05 20:50
こんばんは、まほろばさん。
お越しくださりどうもありがとうございます。

これらは、1つめのブログのアバターの切り抜きを、
旅行写真に乗っけて撮影したものです。

また遊びに来てくださいね。