500年後の誘惑 ― クラーナハ展(Meistermaler von Kronach)

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 ここは、どこ?この銀の翼のようなモダンな建物は、国立国際美術館(大阪)です。4月13日まで「クラーナハ展―500年後の誘惑」展を開催中です。

 いったい何の「500年後」でしょうか?今年は宗教改革の始まりから500年後に当たります。1517年、マルティン・ルターは、ヴィッテンベルク大聖堂の扉に95か条の論題を打ちつけ、ローマ・カトリック教会を批判しました。ルターの肖像画、歴史の教科書にも載っていましたっけ。彼の肖像を多数描いたのが、ルカス・クラーナハです。snowdropが学生の頃は、ルーカス・クラナッハと呼ばれていました。いずれも画家が生まれた町の名、クローナハに由来します。


 Where are we now? Here is theNational Museum of Art, Osaka. This metallic and modern building holds an exhibition: LUCAS CRANACH THE ELDER: 500 Years of the Power of Temptation.

 As you know, the current year 2017 is the five hundredth year of Reformation. The portraits of Martin Luther by Lucas Cranach are well known in Japan also through the world history texts.




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 「マルティン・ルターとカタリナ・フォン・ボラ」は、ルター夫妻の肖像画です。クラーナハはルターの結婚に立ち合うなど、二人と親密な関係にありました。
 クラーナハは若くしてヴィッテンブルクに招かれ、宮廷画家となりました。彼が仕えたザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公は、ヴィッテンブルク大学を創設し、ルターを保護しています。そんな縁で、クラーナハはルターの肖像や、ルターのドイツ語訳聖書の挿絵などを多数手がけました。
 この「子供たちを祝福するキリスト
」は、子供の多い公共建築のために発注されたのかもしれません。いまでもミッション系の幼稚園や教会などで見かける構図です。

 Martin Luther and Katharina von Bora was painted by Cranach. The painter was present as a witness at their betrothal festival and had an intimate relationship with them.

 Cranach was the court painter to the electors of Saxonyin Wittenberg, and one of his patrons Frederick the Wise founded Wittenberg University and supported Luther. This is why Cranach painted lots of portraits of Luther and illustrated Luther’s german language bible. Suffer the Little Children to Come unto Me is a popular subject in churches, mission schools, etc.


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子供を祝福するキリスト(Suffer the Little Children to Come unto Me)
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ヘラクレスとオンファレ(Hercles and Omphale)

一見この絵と似た構図の「ヘラクレスとオンファレ」を隣に置いてみましょう。英雄ヘラクレスが罪を償うため、リュディアの女王オンファレのもとで、糸紬の労働をさせられている場面です。たくましい狩人があらまあ、おでこ美人たちにめろめろの態!(当時は生え際を剃って額を広く見せるのが流行でした。)右端の女性は、絵を見る者を誘惑するように微笑んでいます。そう、まさに「500年後の誘惑」!「祝福するキリスト」のなかの母親たちと何という隔たりでしょう。


Let’s compare
Hercles and Omphale with Suffer the Little Children to Come unto Me. The similar compositions, but the contrasting contents! That divine hero Heraclesserves as her slave of Omphal of Lydia as penalty for a murder. He was forced to do women's work but in this painting he is rather far gone on high-browed ladies. It was the fashion to shave the hairline to make the forehead look wider. The one at the right end is smiling as if she was seducing us. Can you resist this Power of Temptation? What a contrast with the modest mothers in the upper painting!


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参考:デューラー(左)/クラーナハ(右)「ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公」
c.f. Portrait of Elector Frederick the Wise of Saxony by Dürer/Cranach(wiki)


 クラーナハは大工房を率いる宮廷画家でした。プロテスタントだけでなくカトリックの注文も受け、偶像破壊運動が始まれば、教訓画の形を借りた裸体画も数多く描きました。頼まれれば何でも描く、やり手のマイスター(親方)…
 もっとも、画家としての彼は、宗教画よりも肖像画、肖像画よりも美人画に意欲を燃やしたように感じられます。イタリアの裸体画をドイツに持ちこむという新機軸も、彼の野心をかき立てたことでしょう。
 また、大工房で技術を共有し、短期間で大量生産するために、北方絵画特有の細密描写にはこだわっていません。一年違いで生まれた北方ルネサンスの巨匠、デューラーとは対照的です。デューラーは、ルターの肖像を描きたいと願いながら叶わなかったとか。実現していれば、どんな肖像になっていたでしょう。

 Cranach,a capable court painter had a large workshop. He had a talent for politics that enabled him to work for catholic as well as protestant clients. When the iconoclastic movements took place, he painted the nude paintings in the form of mythological and moral ones. He seems to be a painter who was passionate more about the nude than the portrait, or religious paintings. And he had an ambition to introduce and arrange the Italian nude into German one.
 Above all, he was a Meister. In order to share the techniques in his workshop and to produce numbers of paintings in a short period, he did not pursue the minute depiction characteristic of
the Northern Renaissance paintings such as Dürer’s.They say that Dürer wanted to portray Luther! I wish I could see this seminal figure's portrait painted by this great painter!



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マルティン・ルターとカタリナ・フォン・ボラ(部分)(google serach)

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ホロフェルネスの首を持つユディト(部分)(Judith with the Head of Holofernes, detail)

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能「求塚」の菟名日処女(うないおとめ)(『能面変妖』朝日新聞社)

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「ホロフェルネスの首を持つユディト」は、クラーナハが描いた最も美しく恐ろしい女性の一人です。豪奢な衣装、陶器のように滑らかな肌、冷たい微笑…「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」も同じ趣旨の絵です。ユディトは善玉、サロメは悪玉ですが、クラーナハは善悪と関わりなく、同様の「ファム・ファタル(魔性の女)」として描いています。
 さらに、snowdropは、まったく別の所でこれと似たものを見たことがあります。能「求塚」に登場する菟名日処女(うないおとめ)です。
ここでは能の内容には触れず、ただその顔だけを比べてみましょう。能面もユディトも、目鼻口がまったく左右対称です。そのため、表情から生身の人間らしさが消えているのです。
 ところが、クラーナハは肖像画では、顔の左右を非対称にし、生き生きした個性を表しています(カタリナ・フォン・ボラの肖像が一例です)。さすがプロフェッショナル、主題によって表現を使い分けていたのですね。この使い分けは、同時代のヴェネツィア派の画家、ティツィアーノをはじめ多くの画家に認められます。


 
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参考:ティツィアーノ「カール5世」(左) クラーナハ「カール5世」(右)
c.f. Karl V by Tiziano/Cranach(pinterest


Judith with the Head of Holofernes is one of the most beautiful and horrible women painted by Cranach. Gorgeous dress and ornaments, the smooth skin like the pottery, and her cool smileSalome with the Head of St. John Baptist also has the same smile. It does not matter for this painter whether the heroine is good or evil. They both are the “femme fatale”.

I have seen the same expression in a Noh mask. Both Judith [Salome] and the mask have the symmetrical face rack of the human emotions. 

When Cranach does a portrait, he depicts two different personalities in the right and left halves of the face (ex. Katharina von Bora). This professional technique is seen in the portraits by Tiziano, a contemporary Venetian painter and others.



「ティツィアーノ と ヴェネツィア 派 展」の画像検索結果
参考:ティツィアーノ「フローラ」*c.f. Flora by Tiziano(pinterest)


 ところで、ティツィアーノはかつて日本でチチアンと呼ばれていました。『赤毛のアン』には、主人公アン・シャーリーが「チチアンの髪をした少女」と呼ばれる場面があります。ティツィアーノは赤みがかった金髪の美女を数多く描きましたから…。
 そういえば、アンがグリン・ゲイブルスの客間で見た絵は、「子供たちを祝福するキリスト」という題でした。もう一度、クラーナハの同じ題の絵を眺めましょう。(注:この絵はクラーナハの息子の絵ともいわれます。)


In Anne of Green Gables, a man said admiring Anne’s recitation, “Who is that girl on the platform with the splendid Titian hair?” And the picture that Anne was moved in Green Gables was entitled “Christ Blessing Little Children”.



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子供たちを祝福するキリスト
Suffer the Little Children to Come unto Me by Cranach the Elder or Younger



「あたしも、あの中のひとりだと想像していたの。(…)あの子はさびしそうで、悲しそうに見えるでしょう?きっと、お父さんもお母さんもないんだと思うわ。でも、自分も祝福してもらいたいもんで、おずおずと、みんなのそばに近づいていくの(…)あの絵をかいた人が、イエスさまをあんなに悲しそうにかかなければいいのにと思うわ。(…)ほんとうは、あんな悲しそうなようすはしていないと思うの。そうでないと、子どもたちは、イエスさまをこわいと思うでしょうもの。」『赤毛のアン』(モンゴメリ作、村岡花子訳)

and I was just imagining I was one of them () She looks lonely and sad, don’t you think? I guess she hadn’t any father or mother of her own. But she wanted to be blessed, too, so she just crept shyly up on the outside of the crowd, () But I wish the artist hadn’t painted Him so sorrowful-looking. All His pictures are like that, () But I don’t believe He could really have looked so sad or the children would have been afraid of Him.” ― Anne of Green Gables by L.M. Montgomery



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snowdropの友の手製のアン人形と、村岡花子が訳した『赤毛のアン』(抄訳版)
Anne-doll made by my friend and Anne of Green Gables traslated by MURAOKA Hanako



天使舞ふカーニヴァルの過ぎしのちレンテンローズは
ひつそりと咲く

Le carnival qui avait commencé avec le vol de l’Ange, il a fini et au lendemain s’ est ouverte une lenten rose silencieusement.



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レント(四旬節)* イースター(復活祭)の前の日曜を除く40日間。
初咲きのレンテンローズ * the first lentenrose in our garden (February 2017)

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おまけ*アルブレヒト・ヴォン・ブランデンブルク枢機卿(クラーナハ)(左)
映画「わが命つきるとも」の枢機卿(中)(ホルバインの絵のような映画です)
カーディナル(枢機卿)という名の小鳥(右)


Bonus
Portrait of Cardinal Albrecht of Brandenburg by Cranach(wikipedia)
Cardinal in a filmpinterest)* This film is like H.Holbein's paintings…
Bird named Cardinal (wikipedia)


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by snowdrop-momo | 2017-03-20 06:14 | Spring(春の便り) | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from dezire_photo.. at 2017-03-20 09:51
タイトル : ルターの宗教改革に貢献したデューラーと並ぶドイツ・ルネサ..
ルーカス・クラナッハLucas Cranach the Elder ルーカス・クラナッハはアルブレヒト・デューラーと並ぶ、北方ルネサンスを代表するドイツ人画家ですが、彼の作品を見る機会は今日本ではあまりありませんでした。ウィーン美術史美術館の特別協力により、この稀有な天才芸術家・ルーカス・クラナッハの全貌に迫る美術展が東京西洋美術館で解されました。... more
Commented by desire_san  at 2017-03-20 14:09 x
こんにちは。
大阪でクラナッハ展が開かれていることは初めて知りました。
私は東京展で観ましたが、日本でクラナッハがこれほど注目されたのは初めてですね。
クラナッハという画家は多様な面があり、これを短い言葉で表現するのは無理だったので、結局長ブログになってしまいましたが、あえて一つあげれば「女の力」を表現した画家ということになるでしょうか、イヴの誘いに負けて禁断の果実を食べてしまったアダム。敵将ホロフェルネスのふところに潜り込み、彼を油断させることで惨殺したユディト。踊りによって王を悦ばせ、褒美に聖ヨハネの斬首を求めたサロメ。王女オンファレの美貌に骨抜きにされ、羊毛を紡ぐはめになった豪傑ヘラクレスのような題材を好んで描き、男の欲望を刺激するような裸婦を描きました。それが、クラーナハの意思によるものか、市場のニーズに答えようとしたのか、釈然としないのもクラーナハ的と言えるかもしれません。芸術至上主義のデューラーとは対照的に、芸術そのものが目的というより、芸術を道具として歴史に貢献した画家と言えるのではないかと私は考えています。私のブログをトラックバックさせていただきましたので、ご笑覧頂ければ幸いです。
Commented by snowdrop-momo at 2017-03-20 20:18
desireさん、TBとコメントをどうもありがとうございます。
東京展でのdesireさんの記事を読んで以来、ずっと心待ちにしていた展覧会でした。
このたび自分で足を運んでから、改めて貴記事を拝読すると、また新たな気づきがあり、興味深かったです。「女の力」、なるほど、そこに尽きるかもしれません。
デューラーが芸術家肌なら、クラナッハは親方肌でしょうか。自分なき後の工房の未来にも配慮して、画法などを選んでいた節があります。その範囲内で、自分の描きたいものを追究していたのでしょう。芸術を世俗的な成功に結びつけた稀代のやり手?!
desireさんは、デューラーはもとより、先頃ティツィアーノも熟覧しておられるので、クラーナハの個性を多角的に、的確にとらえられるのでしょうね。その上、画家たちの生きた国々を旅してらして…素晴らしいです。