天使の食卓2
Il dolce (デザート)
バールやトラットリアの窓辺や店内には、野菜や果物を山積みにしているところが多い。オーナメントになったオレンジやレモンを見かけるたび、上の絵のような果物に彩られた聖母子像を連想したものだ。
ドイツなど北ヨーロッパに比べて、イタリアでは果物が簡単に手に入る。たとえオレンジ一個、バナナ一本でも、いやな顔一つせず売ってくれるのが嬉しい。シェナの八百屋では、道を尋ねがてら小さなオレンジを二つ買った。カンポ広場で日向ぼっこしながら、友人と食べたオレンジは、温州ミカンと同じ味がした。ひょっとすると日本からの輸入品だったのか。
フィレンツェのサン・ガロ通りの果物屋でバナナを一本買うと、茶色い紙袋に包んでくれようとする。歩きながら食べるからと断ったけれど、そんなことが旅の間何度もあった。八百屋に限らず、食料品店や土産物屋でも包装がていねいで、二重、三重に包んでくれることも珍しくない。観光国だからか、あるいはドイツほどはエコ意識が強くないからだろうか。
面白かったのは、露店の焼き栗の紙袋。栗の入った袋にもうひとつ小さな袋が糊づけしてあって、栗の殻を入れるようになっている。なかなかこまやかな心遣いだ。
バールではたいてい小さなジューサーがあって、オレンジやグレープフルーツをぎゅっと絞ってくれる。純潔のシンボル、オレンジは天の園にも描かれている。天使たちは聖なるオレンジでも口にしないのだろか。もしかすると、天国に生えているのは、観賞用の苦いオレンジなのかもしれない。
イタリアは空気が乾燥しているためか、ジェラートをよく食べた。暮れ方の冷えこむ街路を、大人も子供もジェラート片手に歩いている。店先には円錐形のコーンが何十個も重なりうねうね蛇行している。木苺、はちみつ、ピスタチオ、柿のジェラートまである。柿色のクリームに果肉がぷつぷつ混じっていて、列車の窓から見た柿畑を思い出す。名札にはKAKIとあり、日本から伝わったらしい。
Gerateriaの丹のジェラートに“Kaki”とあり 奈良伊太利の風土や近し
(ジェラテリアの にの じぇらーとに かき とあり なら いたりいの ふうどや ちかし)
カフェに入れば、色とりどりのお菓子がショーウィンドーに並んでいる。スポンジケーキは卵と砂糖が多いのか、黄色くて甘みが強い。フィレンツェのチョコレート専門店で食べたケーキは、ウィーンのザッハートルテのように甘さが濃厚だった。一方、名物のホットチョコレートはぐっと甘さが抑えてあり、滑らかな舌触りがいまも忘れがたい。
フィレンツェにはふわふわに泡だったカプチーノで有名な老舗カフェもある。カメリエーレお勧めのカンノーロ(コルネパイ)にはリコッタのクリームが詰まっていた。リコッタはチーズを取った後の乳清から作られる。天使が食べるマナという雪のようなお菓子も、こんな感じなのかもしれない。
フィレンツェでなにゆえ勧めるカンノーロ?カメリエーレはシチリアーノか?
イタリアのカフェはカウンター席とテーブル席に分かれ、料金が倍ほど違う。カウンターでさっとお菓子を決め、立ったまま頂いてもいいし、テーブルでゆっくりコーヒーを啜りながら、街ゆく人々を眺めることもできる。日記をつけていると、カメリエーレがのぞこんできたり。片方のページにスケッチしたフラ・アンジェリコの天使のスケッチを見つけ、ミント飴の小さな缶をサービスしてくれたこともあったっけ。
リストランテでは、食後のドルチェがワゴンで運ばれてくる。カメリエーレの説明を聞きながら、どれにしようか迷う甘いひととき。フルーツカクテルや洋ナシの赤ワイン煮など、果物を上手に使ったものが多い。
気さくなトラットリアのビスコッティも捨てがたい。この二度焼きのハードビスケットは、デザートワインに浸して食べる。ひんやりした甘さと香ばしさに、ついあと一つ、と手が出てしまう。ワインの名はヴィーノ・サンティ(聖なるワイン)、かなり甘めで、きれいな橙色をしていた。
(1999,12,25)
Vino santiに浸して齧るBiscotti童子天使の甘き囁き
(ヴィーノ サンティに ひたして かじる ビスコッティ どうじてんしの あまき ささやき)