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天使探しのはじまり

 ローマを歩き出してまず目についたのは、爆音をたててそばをすり抜けてゆくオートバイ、平然と信号を無視して車道を横切って行く通行人、それに、工事や発掘のためにあちこち掘り返された街路だった。コンクリートの破片がうずたかく積み上げられ、砂埃が舞い上がり、自動車の排気ガスと混じりあう。歩きながら咳きこむ町の住人。夕方鼻をかむと、紙に薄黒いものが…まるでカルカッタだ。
「いつもこんなに騒がしいの」
「もうじき大聖年だからね。町中を整えているんだよ」
と八百屋のおじさん。
 なるほど、コロッセオは黒白2色にくっきり分かれ、洗浄剤の宣伝見本のよう。きれいになっているのは、絵葉書などでおなじみの方角だ。カンポ・ディ・フィオーリ広場はいちめん掘り返され、花や野菜の屋台も退散している。トレヴィの泉は全体がすっぽり覆われ、コインを投げ入れることもできない。カエサルの暗殺現場は発掘現場と化している。市内がこの状態なら、はたしてヴァティカンは?
(1999,11,26)


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 幸いなことに、サン・ピエトロ寺院はちょうど修復が終了したばかりだった。右手にミケランジェロの「ピエタ」がひっそり置かれている。聖母の白く滑らかな肌が大理石と思えないほどみずみずしい。
 クーポラの窓から真昼の光が幾筋も差しこみ、荘厳な堂内が生き生きと華やいで見える。雲間から斜めにさす陽光を、ヨーロッパでは「天使の梯子」と呼ぶ。
 そのとき、まるで潮が引くように人々が出口へ向かい始めた。何事かとついて行くと、快晴のサン・ピエトロ広場はすでに群衆で埋まっている。正午から法王の日曜の祝福が始まるのだ。広場に面した建物の窓の一つに、赤い旗が下がっている。ギャラリースコープでのぞいてみるが、白い帽子と衣を見分けるのがやっとだ。(ヴァティカンの硬貨。法王ヨハネ・パウロ2世の横顔が浮彫りされている↓)


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 祝福の時間、クーポラに昇るエレベーター待ちの列はとても短くなる。さっき見たばかりのボッティチェリの「チッポラの娘」の子供時代を思わせる美少女とともにエレベーターを降り、クーポラの壁の曲線に圧迫されながら階段を登る。伏せたお椀のなかを堂々巡りしているアリの気分だ。頂上に着くと、暖かく霞んだ空の下にクリーム色の街が広がっていた。
 手前には修復を終えたサン・ピエトロ広場。その先にテベレ川が流れ、両岸の並木が黄色く色づき始めている。サンタンジェロ橋とサンタンジェロ城が並んで見える。日本語で聖天使という城の名は、1590年にペストが流行したとき、城の上に大天使ミカエルが現れ、町を救ったという伝説に由来する。


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 ヴァティカン美術館に入ると、ここにも修復の手が及んでいた。ベルヴェデーレのアポロ像に、失われていたはずの両腕がついている。最近腕の断片が発見され、復元されたというが、地元の人々には「手袋をはめたみたい」と不評のようだ。
 大聖年の一か月前というのは、ある意味で非常時なのかもしれない。けれど、観光客が最も少ない11月下旬、町中が修復の最後の追い込みに心を奪われ、素顔をさらけ出している気がした。
(1999,11,28)



パンテオン、システィーナチャペルの丸窓の大胆なまで切りとる青空



パンテオン裏の石畳の水溜り回り道せず飛び越えてみる



コロッセオの獅子の房にも秋たんぽぽ


Around the anteroom of lions in Colosseum, dandelions are blooming in autumn.













by snowdrop-momo | 2009-11-26 20:19 | Italia(北イタリアの待降節) | Comments(0)